2010年9月12日

電子書籍でマンガの裾野を広げ世界で販売するビジネス

Paris, France
フランスで一番人気の日本文化といえば、圧倒的にマンガです。このブログでもフランスでの漫画人気をまとめたり、パリで行われるジャパン・エキスポやEpitanimeに行った時の感想も書いてきました。

マンガは小説よりも手軽に読める上に、映画よりも細切れの時間にも鑑賞できます。iPodやキンドルをはじめとした新しいデバイスの上で、気軽に読める電子書籍との親和性はかなり高いと思われます。というのも、「ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)」と言われることもあるぐらい暇つぶしのメディアとして使われることも多く、ウェブの延長線上としての電子書籍とマンガの用途とは重複しているからです。このエントリでは、世界で電子マンガを販売するビジネスのために、マンガの質と数を上げつつ、手軽に各国版を供給する体制を考えます。

小説、マンガ、映画の比較

まず、小説、マンガ、映画の比較として、作者が創作したストーリーを読者・視聴者に伝える情報量は、小説(文字)、マンガ(画像)、映画(動画)の順に大きくなり、それと比例して一作品あたりに掛かる制作コストが増大すると考えられます。さらに大まかに言うと、制作コストが大きくなるにつれて、それを制作できる個人の数が減ります。つまり、個人で作品を制作できる人口の裾野は、小説、マンガ、映画の順に減っていくことになります。

また、文化面としては、小説は文学として古くから教養としての地位を確立しており、映画はフランス語で7番目の芸術(septième art)と言われるぐらいに芸術としての地位を築いてきました(記事下参照)。しかしマンガは子供のための遊びだったころから比べると、地位は向上したとはいえ、まだまだ小説や映画には及びません。文化として認知されている度合いはマンガが際立って低いと言えます。

以上のことを、表にするとようになります。



小説マンガ映画
情報量×
制作コスト×
裾野の広さ×
芸術・文化×

現状のマンガはコンテンツの質が低い

上の表で、マンガは情報量、制作コスト、裾野の広さのすべての指標で、小説と映画の中間に位置することが分かります。にも関わらず、マンガだけが、芸術・文化としての認知度が低い点が特殊です。マンガは画像と文字による表現という、小説(文字)と映画(動画)の表現の中間に位置し、その表現が持つポテンシャルは期待されるにも関わらず、際立って文化・芸術への認知が低いのです。

その原因としては、マンガの歴史が浅いことや、教育の問題、資本などのビジネス的な問題などもあるでしょうが、本質的な問題として、マンガによって著者から読者へと伝わるコンテンツの質が、まだ他のメディアに比べて低い点が挙げられるように思います。もし仮に、コンテンツに人の人生を一変させるような本質的なことや、人間ドラマが含まれていれば、「~~に取り組むなら○○というマンガを読まなければならない」と言うような教典としてのマンガが現れてもいいはずです。

マンガの質を上げるのは制作者の裾野を広げる小説型アプローチ

教典のようなマンガが現れないということは、マンガが文化・芸術と認知されない背景にはマンガによる表現が伝えるコンテンツの質が低い点が挙げられます。マンガは日本が質と数量で突出していて、制作者の数、読者数でもビジネスをするには、かなり優位な位置にいるとはいえ、マンガを世界で販売するビジネスを考えたときには、更なるコンテンツの質の向上が不可欠です。

小説と映画のコンテンツの質が高いことをヒントにすると、マンガの質を向上させる2つの手段として、小説型と映画型のアプローチが考えられます。小説のコンテンツの質が高いのは執筆者の裾野が広いことが挙げられます。義務教育を終わった全ての人が理論上、小説を書く能力を持っています。逆に映画は製作者の裾野は狭いのですが、文化振興として国が映画を支援してきた歴史があります。以下のリンクで述べたように、政治的、経済的、文化的な影響力を自国の領土の外に積極的に及ぼそうとし、威信や栄光、偉大さやパワーなどといった概念が重要視される放射型外交をとる米国やフランスでは、映画は大きな武器と考えられてきました。
放射型外交のフランスと妥協型外交の日本|フランスの日々 このエントリーを含むはてなブックマーク
「放射型外交」(politiques étrangères de projection)とは、政治的、経済的、文化的な影響力を自国の領土の外に積極的に及ぼそうとするもので、威信や栄光、偉大さやパワーなどといった概念が重要視される。その典型とされるのは、米国とフランスである。
要するに、マンガの質を向上させる2つの手段として、1)小説のようにそれを制作できる人口の裾野を広げるアプローチと、2)映画のように他国への影響力を求めて政治的に市場を支援し、広げていくアプローチが考えられます。日本は「放射型外交のフランスと妥協型外交の日本」に書いたような事情で、他国への影響力を戦略的に作っていく国ではありません。残るアプローチとしては、マンガ制作の人口の裾野を広げることによって、マンガの質を向上させる方法が妥当だと考えられます。

マンガの裾野を広げ、世界で販売するビジネス

マンガの質を向上させながらマンガが世界で消費されていく世界を考えるときに、1)マンガ制作者の裾野の拡大と、2)他国語への翻訳、3)貢献者への報酬還元システムが必要なると考えられます。この3つを考慮したシステムを下図のように考えてみました。まず点線で囲まれた白い部分が昨今話題になっている電子書籍の部分です。本を執筆した人は売上の70%を手にし、残りの30%が流通を担う電子出版会社の取り分となる比率が一般的です。
今回考えたモデルは、マンガ製作者の裾野を拡大するために、原作者と作画師を分離しました。執筆者が多く幅広く質の高いコンテンツが見込める小説と、製作者が限られる漫画家が助け合えば、制作されるマンガの質も上がるのではないかと考えました。作画師はおもしろいストーリーを見つけると、原作者の同意を取った上で、原作を元にマンガを制作していきます。そして、生み出されたマンガのうち、電子出版会社の取り分の30%を除いた70%を原作者と作画者で分け合います。もちろん原作者と作画者が同一人物でも問題ありません。

さらに今回のモデルでは、他国での販売も視野に入れ、漫画家との同意の上で、自由に翻訳できるシステムを考えました。翻訳者は得意とする言語へ翻訳し、翻訳料として翻訳されたマンガの売上の30%を報酬として手にすることが出来ます。各国語版で売上が上がると原作者と作画師がさらに報酬を手にします。

例えば、以上のように、各段階において各人が得意とする分野で貢献しあいながらマンガを制作すれば、マンガの制作人口は拡大し、マンガの質も上がっていくように思います。各段階でマンガ制作に貢献する人たちが売上に応じた報酬を受け取れるシステムを導入すれば、システムへの貢献者も増やせると思います。

こんなシステムが出来れば、一般人でも面白いストーリーを考え出して小説を書ければ、数ヶ国でマンガを販売する原作者になれる未来が到来するかもしれません。「言うは安く、行うは難し」だと思いますが、うまくいけば「怠け者同盟の社会の中で輝きを取り戻す日本 このエントリーを含むはてなブックマーク」の最後で述べた、「世界ではユニークな想像力と創造力を投入して制作したコンテンツが、それに受け取った世界の人々の中で評判になり、作り手も受け取り側も楽しく幸福になっている姿」が実現できるかもしれません。

まとめ

小説と映画の隙間を埋められる暇つぶしメディアとして、マンガは電子書籍の主戦場になってもおかしくありません。マンガでのビジネスは現在のところ日本が優位な位置にいると考えられます。電子書籍の事実上の標準争いが激化していく中で、日本勢が存在感を発揮させられるのはマンガの分野ではないでしょうか。マンガ販売のビジネスにおいて、日本が主導的な立場を取る可能性を模索できるのは、世界で電子書籍の動かし得ない標準が登場するまでの5年以内ぐらいではないかという気がしています。

関連:
マンガとバンド・デシネ(B.D.、フランスのマンガ) このエントリーを含むはてなブックマーク
[まとめ] フランスと海外のマンガ人気

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7番目の芸術(septième art)=映画
 映画は新しい芸術として重要性が喧伝されるされるようになった1920年代からフランス語で「7番目の芸術(septième art)」と呼ばれています。「芸術の分類(Classification des arts - Wikipédia)」というwikipediaの項によると、1番目=建築、2番目=彫刻、3番目=絵画、4番目=音楽、5番目=ポエム、6番目=舞踊・演劇、7番目=映画、8番目=写真・映像、9番目=バンドデシネ(フランスのマンガのようなもの)だそうです。さらにwiktionaryによると10番目=ゲーム、11番目=デジタル・アートを入れることもあるそうです。

5 comments:

Someone さんのコメント...

>現状のマンガはコンテンツの質が低い。
これは間違いです。未だ発展途上の分野であることは事実ですが、本質的には質の善し悪しを測れる類の物ではありません。
ハリー・ポッターは特に優れた小説だと私には思えませんし、ドラえもんも何故売れるのか私には解りません。しかし、それでも売れています。
それに多くの人が楽しめないからと言って、作品の質が低いというわけでもありません。因みに私はこういうのが好きです(趣味は共有できませんよ・・・。):
http://www.square-enix.com/jp/magazine/ganganonline/comic/ryushika/
http://d.hatena.ne.jp/chika_kt/20100524
http://52bros.com/ugs/index.html

ビジネスモデルの部分は同意できますが、現在日本では出版社が著作権の一部を保有している(?)状態があるらしく、漫画家がそのようなビジネスモデルを採用したくても出来ないようです。例外としては佐藤さんが独立してやっていらっしゃるようですが、海外展開は計画していないようです。
http://mangaonweb.com/welcome.do

文化的な違いを考えると、ハーレークインコミックコッミクのような物の方がMonetizationには手っ取り早いでしょう。日本の漫画には独特の癖がありますから。
http://www.harlequin.co.jp/

原作者と作画さんの分離はメディアミックスでよくやっていますが、あまり上手くはいかないみたいですよ。(共同作業では自分のエゴを抑えないといけませんけど、そうすると何故か気が抜けたものに成るようです。)

Croissant さんのコメント...

いつも楽しく読ませてただいてます。
しかし、今回のエントリはちょっとよくわかりませんでした。

そもそも、ここで言う漫画のコンテンツとは何なのか説明されていないので
まったくよくわかりません。(商業的に魅力のあるもの?文化的・芸術的なもの?)

また、コンテンツの向上と原作・作画を分けることの関連性がよくわかりません。
現状、原作者と製作者はほとんどの漫画では分かれています。日本の漫画業界では出版社の担当編集が原作を務めることが多いため、表に名前が出てこないだけです。なので、原作と作画を分けたとしても制作面での変更はなく、単にクレジットに名前が載るだけです。

漫画はセリフや効果音と通常の映像に当たる風景・人物が同じ視覚情報としてアウトプットされるため、脚本と演出を「えい、やっ」で分けれません。
文字数が多くなれば、ごちゃごちゃしないようにコマ割や作画スタイルをいじらないといけません。なので、優れた(?)ストーリーがあれば良いというものではありません。

現状のコンテンツの質については、優れたものも多数あります。しかし、芸術方面で質を上げると読者離れが激しいです。漫画は美術的要素(構図・デッサン)、小説的要素(セリフ、ストーリー)、漫画独自の要素(コマ割、漫画的構図)と複雑に絡み合っていて真面目に作り込むと誰もわからなくなります。
現状、日本人の漫画読解力は世界一といっても良いくらいにも関わらず、そんな日本人でも難解と感じてしまう漫画も多数あります。(別に不条理物とかではなく、きちっと作りこんだもの)
そして、それらの大半は芸術的・文化的に優れたものです。(私は映画も小説も読みます。)しかし、受けて側にそういった上記の複数の分野について横断的に知識・素養を持った人が少ないため、賞は受賞しても商業的に成功することはありません。

漫画のコンテンツの質はかなり高いが媒体が特殊なため、読者に多大なストレスがかかっており、それが漫画の地位向上の原因だと私は思っています。
(もちろんマーケティングなどの問題もあると思いますが)

Croissant さんのコメント...

いつも楽しく読ませてただいてます。
しかし、今回のエントリはちょっとよくわかりませんでした。

そもそも、ここで言う漫画のコンテンツとは何なのか説明されていないので
まったくよくわかりません。(商業的に魅力のあるもの?文化的・芸術的なもの?)

また、コンテンツの向上と原作・作画を分けることの関連性がよくわかりません。
現状、原作者と製作者はほとんどの漫画では分かれています。日本の漫画業界では出版社の担当編集が原作を務めることが多いため、表に名前が出てこないだけです。なので、原作と作画を分けたとしても制作面での変更はなく、単にクレジットに名前が載るだけです。

漫画はセリフや効果音と通常の映像に当たる風景・人物が同じ視覚情報としてアウトプットされるため、脚本と演出を「えい、やっ」で分けれません。
文字数が多くなれば、ごちゃごちゃしないようにコマ割や作画スタイルをいじらないといけません。なので、優れた(?)ストーリーがあれば良いというものではありません。

現状のコンテンツの質については、優れたものも多数あります。しかし、芸術方面で質を上げると読者離れが激しいです。漫画は美術的要素(構図・デッサン)、小説的要素(セリフ、ストーリー)、漫画独自の要素(コマ割、漫画的構図)と複雑に絡み合っていて真面目に作り込むと誰もわからなくなります。
現状、日本人の漫画読解力は世界一といっても良いくらいにも関わらず、そんな日本人でも難解と感じてしまう漫画も多数あります。(別に不条理物とかではなく、きちっと作りこんだもの)
そして、それらの大半は芸術的・文化的に優れたものです。(私は映画も小説も読みます。)しかし、受けて側にそういった上記の複数の分野について横断的に知識・素養を持った人が少ないため、賞は受賞しても商業的に成功することはありません。

Croissant さんのコメント...

いつも楽しく読ませてただいてます。
しかし、今回のエントリはちょっとよくわかりませんでした。

そもそも、ここで言う漫画のコンテンツとは何なのか説明されていないので
まったくよくわかりません。(商業的に魅力のあるもの?文化的・芸術的なもの?)

また、コンテンツの向上と原作・作画を分けることの関連性がよくわかりません。
現状、原作者と製作者はほとんどの漫画では分かれています。日本の漫画業界では出版社の担当編集が原作を務めることが多いため、表に名前が出てこないだけです。なので、原作と作画を分けたとしても制作面での変更はなく、単にクレジットに名前が載るだけです。

現状のコンテンツの質については、優れたものも多数あります。しかし、芸術方面で質を上げると読者離れが激しいです。漫画は美術的要素(構図・デッサン)、小説的要素(セリフ、ストーリー)、漫画独自の要素(コマ割、漫画的構図)と複雑に絡み合っていて真面目に作り込むと誰もわからなくなります。
現状、日本人の漫画読解力は世界一といっても良いくらいにも関わらず、そんな日本人でも難解と感じてしまう漫画も多数あります。(別に不条理物とかではなく、きちっと作りこんだもの)
そして、それらの大半は芸術的・文化的に優れたものです。(私は映画も小説も読みます。)しかし、受けて側にそういった上記の複数の分野について横断的に知識・素養を持った人が少ないため、賞は受賞しても商業的に成功することはありません。

Madeleine Sophie さんのコメント...

Someoneさん、Croissantさん、
コメントありがとうございます。

このエントリは、このビジネスモデルのとおりにやれば、世界で成功できると思って書いているものではないんです。ビジネスする人がオモシロイと思った部分があれば、参考にしれもらえれば嬉しいなという程度ですので。

僕はマンガはおろか小説すらも書いたことがなく、もっぱら消費専門なので現場はわかってません。ただ裾野が広がった結果、素人が余暇で作ったものが市場に参入し、全体のレベルが底上げされる可能性はあると思っています。

世界に出るには、エロ、グロ、宗教などなど、普遍的な価値観に合わせたコンテンツにするべきなので、そのへんの難しさはあるでしょうね。

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