2010年5月29日

普天間基地問題をきっかけに多様な意見を健全に戦わせる態勢へ


Orléans, France
議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある このエントリーを含むはてなブックマーク」と「普天間基地問題における三つの勘違い このエントリーを含むはてなブックマーク」では普天間基地問題について私見を書いてきました。記事には合わせて約35個のコメントがつけられ、BLOGOSに転載されている記事も合わせると、合計100以上のコメント(33コメント52コメント)を頂きました。政治的な話題では、批判的なコメントも多かったですが、このエントリでは普天間基地問題に関して自分の意見をまとめておこうと思います。

議論後に議論前の結論に至る方が価値が高い

議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある」のエントリでは議論した後に、議論する前の結論になってもそれはそれで価値があるという意見を書きました。「内田樹の研究室」ではそれより一歩進んで、議論後に議論前の結論に至る方が、価値が上がるという例が挙げられていたので紹介します。いわく、抑止力というのは疑心暗鬼によって起こるので、散々騒いだ結果の決断は、日本を侵略する勢力から見ると重い決断に見えるという意見です。日本を攻める側から見てみると、そこに最もあって欲しくないものがあるという前提で作戦を立てることになるそうです。
普天間 「それ」の抑止力 (内田樹の研究室) 普天間 「それ」の抑止力 (内田樹の研究室)
あるのかないのかわからないものについては、それが危険なものであれば、とりあえず「ある」ことにして対応する、という人間心理のことである。「それ」について黙っていれば、「日本国内には強大な抑止力があるかもしれない(ないかもしれないけど)」という疑心暗鬼の状態に東アジア諸国を置くことができる。
うまくすれば、「それ」がないまま何十年か、「ある」ふりをして「はったり」をかますことができる。
普通に読めば「それ」は核兵器だということになりますが、核兵器が沖縄にあることの価値は軍事に詳しいブロガーから否定されています。
それでも、日本を攻める側が沖縄に基地を置くという日米の結論を重く見て、あって欲しくないものがあるという疑心暗鬼にかられることはあるかと思います。「議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある」のエントリは、いろんな政策全般について書いたものですが、普天間基地問題のように相手に疑心暗鬼を起こさせると価値がより上がる議論もあることに気づきました。

欲しくても必要なくとも「要らない」と言った方がいい

軍事的に見て、沖縄に基地が必要なのか必要ではないのかは、よく分かりません。それでも必要でも必要でなくとも、「必要ない」と言った方が交渉が有利になることは分かります。基地が必要ない場合は、まず「必要ない」と言うことが第一歩となります。逆に、基地がどうしても必要であっても、「どうしても欲しい」と言ってしまうと、日本側の交渉力は大幅に弱まってしまいます。欲しいといってしまうと、足元を見られることになるからです。基地が必要な場合にも、まず「必要ない」と言ってから、米国がどうしても必要だったら置かせてあげても良いというふうに持っていった方が交渉が有利になります。交渉が有利になれば、思いやり予算と呼ばれることのある「日本側負担駐留経費」(現在までに総額3兆円超)を減額できたり、今度暴行事件を起こしたら出てってもらうよと言うような米軍に対するプレッシャーにもなります。

交渉ごとでは、とりあえず欲しくとも欲しくない振りをするのは常套手段です。その点、今回の騒動では、代替予定地になったところでは反対運動が起きてますし、基地が日本国民に望まれていないことがアピールできたことは今後の交渉を有利に進められる可能性があります。普天間基地問題における三つの勘違い このエントリーを含むはてなブックマークでも述べましたが、アメリカにとってはこの問題は優先事項ではないので、多少の譲歩は望めるかもしれません。

今回の基地問題では、1)議論して結論を出したこと、2)疑心暗鬼による抑止力アップ、3)米国に対する交渉力のアップ、となかなかの成果があったように思います。首相に対するバッシングをみている限り、有権者がそれを評価するかどうかは別問題だと思いますが。

対立する意見にバカといわない議論が将来必要になる

過去2個のエントリとこのエントリで見てきたように、論点が存在する問題については、既定路線派にも新規路線派にもそれを正しいといえる論理があります。このことは「議論後に議論前の結論に至ることにも価値がある」では以下のように山登りに例えて紹介しました。
保守と革新の話は、登山に例えると分かりやすいと思うので紹介します。国民はなるべく高いところに登りたいのですが、高く登るには二つの方法があります。 一つは、傾斜が上に向いている方向に進むことです。こうすれば絶対に今より高いところへと進んでいくことができ、国民は満足します。もう一つの方法とは、 今登っている山が一番高い山かどうか考えることです。歩みを止めて周りを見回して考えてみます。今登っている山より高い山があれば、そちらを登り始めます。
来た道を登っている人には確かな位置の向上が見えていて、その道を登らない理由が見当たりません。逆に、その道の先が崖になっていることが見えて、隣に高い山が見えている人は、その山をまだ登ろうとしている人を止めたくなります。どちらも依って立つ理論があるので、見方によってどちらも正しいのです。

しかし現在、どちらも正しいと問題を複雑に考える人はあまりいなくて、日本の政治は瞬間的にエンターテイメントとして消費されるだけのコンテンツになっていると感じます。例えば、首相の馬鹿はこんなことも分からないのかと罵倒しながら優越感に浸り、権威ある米国の新聞が首相をルーピーと呼べば、やっぱり首相は馬鹿だと言った俺の方が正しかったと悦に入ります。その他、「やっぱり東大もスタンフォードも博士も馬鹿は馬鹿だな。必要なのはやっぱり(俺みたいな)正しい判断ができる知性だよ」、「えっ、そんな漢字も読めないの?俺なら小学六年生の時には読めたな。」とか、「カップラーメンの値段が分からないなんて相当な馬鹿だな」と優越感に浸るためだけのモノです。もちろん、民主主義ではどのような意見も必要な構成要素なので、瞬間的に優越感を生み出すエンターテイメントとして消費すること自体は、必ずしも否定されるべきだとは思いません。ただ、本当に重要なことを決定するために議論を先に進める要素ではないだけです。

今後の日本は、衰退する米国と台頭するアジア、結束する欧州という新事態に対処するために、いつかの時点で大転換を決定をする必要が生じると思われます。また、少子高齢化問題、労働問題、年金問題などなど、既存の考え方をがらっと転換する必要に迫られます。そういったときに、今までと違う考え方を愚かだと決めつけることなく、損得勘定を分析できるようになる必要があります。普天間基地問題における三つの勘違い このエントリーを含むはてなブックマークでは、普天間基地問題は上に挙げた問題に比べれば、些細な問題だと書きました。今後必要となる、多様な意見を健全に戦わせる態勢を構築する準備として、こういった多少小さい問題でトレーニングしておいた方が良いと思われます。

4 comments:

どせい さんのコメント...

初めまして.いつも楽しく拝見させていただいております.

一連の普天間問題のエントリですが,観点としてはとても面白いと思うのですがあまり賛同できません.状況をかなり好意的に解釈しなければいけないですし,普天間以外の問題に対する政府の対応を考えると,普天間問題に限って思考の裏をついたようなすばらしい対応ができるとは僕には信じがたいです.

本エントリなのですが少し気になったことをコメントさせていただきたいと思います.

*疑心暗鬼について
議論をおこなった結果として同じところに帰ってきたとしても,議論をおこなった過程を評価することはできるという話だと思います.ただ,今回の件に限って地元の同意などという観点では後退してしまったと言わざるを得ないと思います.また,一連の議論の過程から生み出される疑心暗鬼についてですが軍事に詳しいブロガーに否定できる程度のものでよいのでしょうか.あまり効果はないと思います.

*交渉力のアップについて
「まず必要ないと言ってから」というのは正論だと思うのですが,さすがにそれはこれまでの交渉でもやっていたのではないでしょうか.憶測ですが.現政権を特別評価できる材料であるかは怪しいと思うのですがどうでしょう.

*対立する意見にバカといわない
「バカ」という言葉は議論において思考停止ですからまさにおっしゃるとおりだと思います.ただ,これまでさまざまな「鳩山はバカ」エントリを見てきたのですが,そのほとんどは「(鳩山氏の)意見はバカだ」ではなく「鳩山氏はもうダメだ」の意で使われています.そして,それらは普天間問題に限らず,鳩山氏が以前言った内容を平気で覆すその姿勢を指しています.もちろんこの場合でも「バカ」ということは思考停止であることに間違いないなのですが,それは「多様な意見を健全に戦わせる」ことを拒否するということは意味しないと思います.この「バカ」論議の是非はともかく Sophie さんの主張する内容とは若干食い違いがあるようなので指摘させていただきました.


...長文コメント大変失礼しました.

匿名 さんのコメント...

こんにちわ。いつも拝見させて頂いています。

普天間の件ですが、そもそも日本は自衛隊単独で日本を守れません。在日米軍が前提の構成です。
そんな状態で米軍がいたいならいてもいいというのは考え難いです。
勿論米国の国家戦力から見て在日米軍は意味あるものだと思いますが、現在日本の周囲には現実的な脅威がある以上、天秤にかけるのはどうかと思います。

事実云々より議論の仕方を書かれているのでしょうが、今回の例として論じるに普天間問題は現実的ではないように思います。

あと前回のエントリーの「馬鹿だから」の例ですが、米国だけ際立った表現をされているように感じます。
今回挙げられた国の中で、米国でこのような例を挙げるなら、人を殺すという点では中国のウイグル・チベットを例に挙げても良かったのではと思います。

own na さんのコメント...

原爆を落とされた国に今も依存し続ける国、それが日本です。
そして、その甘ちゃん思考の国民、それが私たち日本人であります。

私はこの原因のひとつは、非論理的言語である日本語を使用しているからだと思います。
同じアジアの言語である、中国語と比較してみても、日本語の非論理性、中国語の論理性が理解できます。

そして、英語はその中国語よりも論理的であるのです。
そんな非論理的民族がいきなり高等言語である英語を勉強しようと意味を成しません。

まずは、中国語を日本の教育に取り入れるべきでしょう。

また、鳩山首相が馬鹿と国民は騒いでいますが、まったく違うと思います。

日本人と言う人種が馬鹿なのです。
これは罵倒ではなく、こんな言語を使っているから馬鹿に甘んじているということです。
それは、管理人さんあなたも例外ではありませんよ。もちろん、私もね。

ふたつめの理由に、原爆の後遺症で日本人の脳が退化したのかと・・・。
冗談です(笑

匿名 さんのコメント...

own naさん
あなた中国人では?
中国人は世界一優秀な民族だと思っているようですが、現実には逆でしょう。

中国語は日本語よりも曖昧であり、西洋的な思考には適していません。事実、中国語には時制がありませんよね。つまり、過去形と現在形の区別がなんですよね。あるのも、完了形はあるようですが。
むかし、ドイツ人の友達が、ブラジルの原住民の言葉には時制がない(だから野蛮だと)と言っていましたが、中国語もそうだといっていましたが、驚いていました。
日本が150年前にできたこと、つまり西洋的な法治主義を実現できたことが未だにできない中国、果たして本当に中国語に論理性とやらあるんでしょうかね。
日本の10倍の人口を抱えながら、一人も中国籍のノーベル賞科学者を輩出できない中国。活躍している中国人は祖国を離れ、海外で暮らしている人ばかりですよね。
中国語など不要です。

実際、外国語予備校では、中国語を全面に押し出して宣伝することがないという現実を認識してください。

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