2010年4月27日

連帯と調和のはるか彼方にある友愛を目指して


Vancenne, France
僕がフランスに来てから来月で3年ですが、その間に4人の内閣総理大臣が日本の指導者を務めています。3年前は日本の首相は安部氏でした。それから半年後、福田氏が首相になり、そしてその1年後に麻生氏が引き継ぎ、去年、「友愛」を掲げる鳩山首相の政権が誕生しました。現在、日本では友愛とはどういう概念なのかという議論があることと思います。

フランスはフランス革命以来、220年にわたって「自由、平等、友愛(Liberté, égalité, fraternité)」を国家のモットーとして掲げています。自由平等は当時、革命的な概念だったのだと思われますが、現在はフランスを飛び出し、多くの人が理解する普遍的、常識的な概念として捉えられています。その一方、最後の友愛については常識的な概念には成りきれていません。それでも、当時のフランス人達が革命のドタバタの中で自由と平等だけでは足りないと感じ、友愛という概念を追加したのは聡明だったといわざるを得ません。現在日本で注目度が上昇中のキーワードである友愛については、フランス人たちの理解を知ってみる価値があると思います。

220年経っても達成されない超難易度「友愛」という概念

辞書で友愛を引くと、1)兄弟の間の情愛、2)友人に対する親愛の情。友情。と出てきます。他人のことを他人事と思わず、兄弟のように困ったときは一緒に困ってあげて、兄弟が喜んだら一緒に喜ぶような心持ちのようです。また、ジャック・アタリ氏はそのままズバリ、「友愛(Fraternité)」という本の中で以下のように書いています。偉く聡明な人が定義し、説明しなければならないということは、まだ普遍的な概念となりきれていないことを示しています。
Fraternité - Wikipédia
友愛とは各々が本当の兄弟に対するように他者に親愛の情を感じる社会的秩序と定義することができる。(略)友愛は、自然状態ではなく、文明のひとつの目標である。
« On peut essayer de définir la fraternité comme un ordre social, dans lequel chacun aimerait l'autre comme son propre frère. [...] La fraternité est un but de civilisation, pas un état de nature.»
人類はミトコンドリア・イブと呼ばれる共通の祖先を持っています。彼女の産んだ子どもたちは兄弟の間の情愛である友愛(Fraternité)を自然に持っていたでしょう。その次の世代も持っていたかも知れません。それから何世代もたった現在、人類は他者に対して自然に友愛を持つことはできなくなってしまいました。それどころか、自らに最も近い隣人に対して最も友愛から遠い関係を作ってしまいます。メロドラマ的な親族の争い、隣家との争い、隣町との争い、隣国との争いなどなど。この理由はハッキリしています。最も近い隣人とは、最も利害が対立するからです。自分と利害が対立する他者に対して、友愛なんて抱けないというのが根本的な問題です。

フランスではフランス革命当時、「自由、平等、友愛(Liberté, égalité, fraternité)」の標語が誕生して220年、10世代もの親から子供へ友愛の概念の説明が行われてきたにも関わらず、統一見解は得られていません。そう考えると、極東の島国で、お偉いさんが突然「友愛」を唱えても、長くて4年間の任期でそれを達成できるなんてことは、ありえません。荒唐無稽です。

現在のフランスでよく使われる「連帯(Solidalité)」

フランスでも達成できてない友愛へ向かって、現状を少しでも変える努力がなされています。それが「連帯(Solidalité)」です。連帯は市民が手と手を取り合って困難を乗り越える意味合いで使われます。例えば、強大な国王と一人ひとりの弱い市民では革命は起こせません。市民が手をとってことに当たる必要があります。これが連帯です。また、フランス名物のストライキも、資本家の従業員支配に対して、連帯して抵抗する意味合いがあり、これもSolidalitéの発露だと解釈されています。また、最近ではハイチの地震への義援金募集の標語にも「連帯」が使われていました。強大な自然の脅威に対して、一人ひとりが手をとって困難に当たらなければならないのです。Solidalitéには困ったときはお互いさま、協力しましょうといったニュアンスもあります。

「連帯」は2つの点で「友愛」よりも行動に移しやすい概念だと言えます。まず一つ目としては、具体的な脅威が設定されているために、各人が連帯の価値を理解しやすい点にあります。上の例では国王、資本家、地震となります。二つ目としては、具体的な脅威が明確なために、具体的な行動を伴いやすいことです。国王に投獄された人を支援したり、ストライキで従業員の要求を通したり、義援金を募集したりという行動が、「連帯」の発露として認識されます。逆に友愛とは具体的な脅威を設定ぜずとも、他者に親愛の情を持つことなので、難しいのです。さらに、他者に対して親愛の情を持った具体的行動というものも明確なものは無いので、難しいのです。「友愛」とは、具体的脅威を設定せずとも行われる「連帯」と言えるかも知れません。

(EUはアメリカ超大国の誕生とアジア諸国の台頭に危機感を覚えたヨーロッパの「連帯」とも言えるかも知れません。最終的には友愛を目指しているのかも知れませんが、現在は連帯どまりでしょう。)

日本の伝統的価値観「和を以て貴しと為す」

日本には、「友愛」と意味合いの近い価値観として、日本初の憲法にもうたわれた「和を以て貴しと為す」という価値観があります。これには、フランスで唱えられている「連帯(Solidalité)」には無い優れた特徴があります。それは、調和を重んじる心には、具体的な脅威を設定する必要がないという点です。「和を以て貴しと為す」という価値観は、なにか目的のために、争いをやめることではなく調和そのものを目的とする点が「連帯」とは違います。

それでは、「和を以て貴しと為す」という価値観を進めていけば、「友愛」に到達できるのかというと、そうではありません。「友愛」は他者に対する親愛の情ですが、「和を以て貴しと為す」は情愛とは無関係だからです。「和を以て貴しと為す」だと、「うーん、あいつ嫌いだから叩いてやりたいけど、調和が貴いから感情を抑えて、取り繕わなければならない」という事も有り得ます。「友愛」とは他者に対する親愛の情という人類の気持ちの持ちようを対象にしている点でずっと難しいものなのです。

まとめ

このエントリでは友愛に関係して、フランスでよく聞く「連帯」と日本の伝統的価値観である「調和」を絡めて考えてみました。まとめると友愛というのは、連帯と調和のはるか先にある概念で、達成するのはものすごく難しいということです。

友愛=他者に対する親愛の情
連帯=手と手を取り合りあうこと(脅威を必要とする友愛)
調和=争いの無い状態(親愛の情のない友愛)
現状の世界を覆う価値観で考える限り、達成する見込みのない概念だと言えるかも知れません。たかだか後50年ぐらいしか生きられない僕はおそらく、友愛が達成された世界を見ることはないと思われます。現状の世界を覆う価値観が完全にひっくり返る何かが起こらなければ、無理でしょう。核戦争で人類が15人になっちゃったとか、インターネットを越える通信技術で各人の感情が接続される世界が到来したとか...

それでも、隣国の中国・韓国にも自然に親愛の情が湧いてくる日本、アフリカで飢餓で死にゆく人々に親族のように親身になれる世界、というのを想像することには意味があると思います。つまり、友愛とは掲げることに意味があります。友愛とは方角を告げる北極星のような存在なのです。北極星がどのような星なのかは誰も知りませんが、そちらの方角が北だということは誰でも知っています。友愛を掲げておけば、我々がどの方角へ行こうとしているかということに関して、皆の意識を統一できます。

関連で、友愛をどう訳すか - Chikirinの日記
友愛をどう訳すか - Chikirinの日記を読んだ感想。
  • 友愛を「LOVE & PEACE」と訳すのはいいアイデアかと思いました。
  • 友愛を示すFraternityは、英語では心象の弱い言葉だそうです。米英(アングロ・サクソン)を見ている限り、友愛とは程遠いようなので、さもありなんという感じがします。フランス語ではFraternitéは国家のスローガンになるほど、心象の強い言葉です。米英と欧州大陸は意識の面でもかなりの差があります。
  • 米英に近いオーストラリア人はともかく大陸のイタリア人は勉強が足りていないように感じました...。隣国の標語ぐらいは意識しておいて欲しいですね。

3 comments:

匿名 さんのコメント...

フランス語の標語は自由、平等、博愛と訳すべきで、友愛ではないとのことです。
もし、西洋人の自由の概念について、参考にしたければ、別宮暖朗氏のww1サイト(http://ww1.m78.com)の掲示板で質問してみることをお勧めします。別宮氏はもちろんのこと、猛者の方々が快く答えてくれるでしょう。
私の考えで、別宮氏ほど、地に足がついた形で近現代の西洋思想を理解できている日本人はいないのではないかと思います。単に西洋に留学しただけでは、あそこまでの境地に達せませまいと思います。

Madeleine Sophie さんのコメント...

fraternitéはラテン語でfrater(兄弟)を意味する単語から来ています。よって、すべての人を平等に愛する博愛と訳すのはほぼ誤訳だと思います。英語のfraternityも友愛と訳すのが定着していますね。

匿名 さんのコメント...

ちょうど、別宮氏の掲示板で、彼が面白いことを言っていますね。
以下、多少長いですが、引用します。
「啓蒙主義がフランス大革命の理念とするとジャコバン主義が社会主義と親和性をもつのは事実でしょう。現政権の鳩山由紀夫首相の祖父一郎は「張作霖爆殺擁護」「(海軍予算について)政府関与=統帥権干犯」の主張でしたから、「政治的オポチュニズム」で主張がないか出鱈目かということでは?友愛=fraterniteとは「自由」「平等」が基礎ですから、それを失えば啓蒙主義ではないですよね。」

これはドンピシャではないでしょうか。

鳩山の友愛はフランス啓蒙主義に起源を持つものではなく、ただの機会主義者の可能性を述べています。だから、発言がコロコロ変わってしまうのかもしれません。

日本語として、友愛でも、博愛でもいいが、それが成立するには自由と平等の存在が前提となるということですね。
すなわち、フランス啓蒙主義から出発するなら、そもそも前提が存在しない「現在の中国」との友愛は論理的に無理ということでしょうね。
ここの管理人さまは、中国や韓国援護の点で、自由と平等の上ではなく、同一人種でのFraternitéを主張しているように聞こえ、フランス啓蒙主義からすると、非フランス的なのではないですか?

フランス語辞典を調べた程度では、フランス啓蒙主義というものがいかなるものか理解できないですよね。

実は、このような問題を議論する場合、フランス語しゃべれるだけではだめで、フランス哲学をある程度やらんといけないようで、そうでないと薄っぺらな議論しかできないと思います。

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