2010年3月17日

大陸の人は国家は気持ちの持ちようだと思ってる


Paris, France
フランスの移民政策は成功しつつあるという認識 このエントリーを含むはてなブックマーク」では、紀元前から異文化との交流が会ったフランスでは移民に対する理解が進んでおり、成功を収めつつあると書いてきました。日仏の移民に対する抵抗の違いの大きな理由として、国籍というものに対する考え方の違いがあるのだと思います。日本人は大昔から代々日本列島に住んでいた人たちが日本人であると簡単に思い込めますが、フランスではそうではありません。今のフランス地域は、ローマ帝国の一部としてもっと広い範囲の国だったこともあり、もっと小さく分かれていたこともあります。代々フランス地域に住んでいた人をフランス人と無邪気に思い込むことはできません。何を持って国家を成立させる根拠とするか興味深い話があったので紹介します。

国の形についての議論

去年、200人ほどが亡くなり、1500人ほどが逮捕されたと言われているウイグルの衝突(2009年ウイグル騒乱 - Wikipedia)のニュースがあったころに、昼食で中国の国の形が話題になりました。中国は人口の90%を占める漢族と55の少数民族から成っています。議論の対象はやはり、漢族が少数民族を支配していて、少数民族の中には今の中国の形を支持していない人もいるから、暴動が起こるのではないかというものです。中国人はもちろん、それは違うといいます。中国の経済的成功を快く思わない外国の勢力が民衆を扇動して、無法者が暴れているというふうに言います。

ここではたと、正しい国の形ってなんだろうという話になります。日本人だとパスポートに書かれている国籍が正しい国の形を反映しているのか問うことは有りません。日本のパスポートを持っていることが自分が日本人であることを証明していて、その根拠について問うことは有りません。国籍の根拠なんて問うことができるとは思わず、思考停止していたのですが、その後の5秒ほどの会話の中で、大陸の人たち(フランス人と中国人)の国籍に対する理解の敏感さに感心しました。

フランス人と中国人の国籍に対する考え方

どのように中国の今の形が正しいかどうかを問うのか、そのときのフランス人の質問が冴えてました。
フランス人の質問「じゃ、例えば中国の一番北の人と一番南の人が、ブラジルで出会ったら親近感を抱くと思うか?」
と問いました。つまり、国というものの存在に正当性を持たせうる根拠を親近感と定義したのです。日本政府がパスポートに記載した国籍以外のもので、国籍と言うものを正当化させるものとして、人の感情を持ってきたのです。日本で言うと北海道と沖縄の人がブラジルで出会えば安心するのはほぼ間違いないと思われます。国家が決めた国籍以外のもので、国籍の根拠を求めるには、なかなかの案だと思いました。

僕がほおと感心していた一瞬後、中国人の切り返しがまた冴えていました。
中国人の答え「たとえ中国人とブラジルで出会っても信用しない。その人の人となりを見て信用する。」
これもまた、国籍が人に信用を与えるわけではないという本質的な答えです。他国の人でも信用に足る人はたくさんいるし、日本人同士でも警戒すべき人はいます。考えてみると当たり前で、納得できることなのですが、やはりフランス人と中国人の国家というものの理解の鋭さが会話の瞬発力につながっていると思われる例でした。

国籍は心の持ちようだということ

フランス人は国籍の根拠を親近感という人間の心情に求め、中国人は人と人との関係は国籍で決まるものではないと言っています。フランス人と中国人のどちらにも共通するのは、国籍というものを気持ちの持ちようと考えていることです。人、モノ、情報の絶え間ない交流が続いてきた大陸の人は、日本とは違う考え方をするんだなと思いました。でも考えてみると、日本の方がかなり特殊な例です。大抵の国は大陸にあって分割された土地に住んでいるので、国家の決めた国籍を安易には信じ込めません。アイヌと琉球の人とかも含めて、特に理屈なく日本人だと信じることが出来ている方が珍しいはずです。イギリスは地形は似ていますが国際語を母国語としていますし、状況がかなり違います。オーストラリアとニュージーランドもそうです。自明な「なんとか人」がいて、それを元に国籍が定義されていると無邪気に思い込めるのは、日本と戦後の韓国ぐらいかも知れません。

18〜19世紀に市民革命の結果として誕生した、国民国家というコンセプト(幻想?)に、日本は幸か不幸か違和感なくハマった国のような気がします。移民の議論とかに、このかなり特殊な国家感を説明できないまでも意識化しておいた方が良いでしょう。そうでないと、日本に来る人に意味不明な疎外感を与えるような事になってしまいそうだからです。

続き:
関連:
人は平等であるはずの世界において現実は平等でない
[まとめ] 将来の日本と中国との関係について考える

6 comments:

Yoshiyuki Sakai さんのコメント...

記事にありましたイギリスに住んでいます。

確かに生活していく中で、外国人である自分がその事を意識する機会は日本に来た外国人に比べずっと少ないと思います。この国には外国人が居て当たり前だという雰囲気があるのでしょう。

ただ島国の宿命なのでしょうか、彼らはそれとは別に自分たちをBritishだと呼び大陸の人間をEuropeanと明確に区別します。「自分たちは(EUには仕方なく入っているが)ヨーロッパ人では無くイギリス人だ」と国籍を意識している様子も良く見せるのです。補足ですが大陸から来た友人たちはこれに関して露骨に不快感を表します。

また一部のシステムに関して、例えばEU圏外から来た学生の学費がEU/UKの学生のそれに比べ4倍以上したり、政府が企業に「英国人を優先的に採用しなさい、その次にEU人、その他の外国人はその後」という指導を公にするなど、国籍を意識せざるを得ない場面もしばしばありますが。これはEUの保護主義とも関係があるでしょうし、島国根性だけで説明は出来ないでしょうけれども。

eco さんのコメント...

日本で生まれ日本で育った多くの日本人は、日本人としてのアイデンティティを自覚する機会がなかなかないように思います。そういった免疫不足が外国の方と出会った時に全く異世界のように感じ、逆に同じ日本国籍の方には親近感を感じるのではないでしょうか。
個人的には「人となりを見て信用する」という意見が全人類共通の意識となれば、偏見や人種的差別などがかなり緩和されるのではないかと感じます。が、難しいですね。

woof さんのコメント...

フランス人と中国人の国籍に対する考え方は、あくまで一例に過ぎないという事を心に留めて置いたほうがいいよ。

フランス人の考え方なら、多少は信用に足る例だとは思うけど。

こういった例をまともに受け取っている人はメディアリテラシーが乏しいというか・・・

santosh さんのコメント...

先日、ちょうど私のブログに書いていた雑文http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100316/1268781679
と近いテーマの内容でしたので、コメントさせて頂きます。

私は、学生時代に韓国に留学し、仕事では中国で4年ほどすごし、今は欧州マーケットを担当しているのですが、国籍に関する感覚は、日本と韓国が世界的にも特殊なのではないかと感じています。
日本・韓国といった例と比較すれば、フランスと中国ははるかに近い感覚を共有しているのではないでしょうか?

Madeleine Sophie さんのコメント...

santoshさん、皆様、コメントありがとうございます。

http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100316/1268781679
読ませてもらいました。国籍に対する考え方の違いが、すごくわかりやすいですね。常々思っていたことが確かな感覚になりました。

匿名 さんのコメント...

Madeleine Sophieさん、駄文を読んで頂き有難うございます。
 私は、もともと中国やアジアが専門で、欧州とは全くかかわりがなかったのですが、この2年半ほど、欧州向けに新たに商品を企画し販売する、という仕事を担当しています。
 日本やアジアとはまったく異なる価値観で動いている欧州市場・欧州のお客様に対して、果たしてどのような商品をつくれば受けるのか、お客様がより高いお金を払ってくれるポイントは何なのか、先行例が無い中で、試行錯誤を繰り返してきました。 
 その過程で、文化的な違いという漠然としたものを、具体的に見える化し、商品に落とし込んでいくということの難しさをイヤというほど味わされてきたのですが、商品の販売開始後は、「販売実績」という冷徹な数字の事実でもって、我々の理解が正しかったのかどうかを検証・修正できるようになってきました。
 今もその仮説・検証のサイクルを日々繰り返しているところであります。

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