2009年9月25日

労働に対する社会の仕組みを試験に例える


Paris, France
怠け者同盟の社会は人類の未来 このエントリーを含むはてなブックマーク」では、競争を抑制することで、全体と個人の時間や体力、資源を節約するアプローチを試験で例えました。この例えを使えば、様々なトピックにおいて日本の労働に関する状況がクリアになることに気づいたので紹介します。

怠け者同盟の社会は人類の未来
怠け者同盟の社会を試験で例えると以下のようになります。大学入学試験などの熾烈な競争の下では、「四合五落(4時間寝た者が合格し、5時間寝た者が落ちる)」といったことが起こりえます。競争がエスカレートするため、ライバルたちより睡眠時間を削る必要があります。怠け者同盟の社会は、これを8時間睡眠しないものは試験を受ける権利を失うというルールを設定したようなものです。つまり8時間睡眠したもの同士の競争になるため、競争は抑制されたものになります。
今回取り上げるトピックは、「日本人の労働生産性が低い」という命題と、「ベーシックインカムがもたらす影響」についてです。

日本人の労働生産性が低い理由

日本人の労働生産性が低いことはよく言われることで、以下のサイトにも色々な理由が考察されています。
残業代もなければ生産性も低い〜日本人の「労働」に未来はあるか:日経ビジネスオンライン
社会経済生産性本部の調査では、2007年の日本の労働生産性(社員1人当たりの付加価値創出額)は約6万7000ドルで、経済協力開発機構(OECD)加盟30カ国の中で20番目。主要先進7カ国(米、英、仏、独、伊、加、日)の中では最下位で、14年連続最下位だ。

日本の1つ上の順位(19位)には、僅差でスペインがいる。スペインと言えば、昼寝の国。昼休みに、昼寝の時間として2時間以上休みを取る習慣がある。かたや、日本は、前述した通り、長時間労働の「働き蜂の国」。労働生産性は1人当たりの数値なので、長く働けば1人当たりの付加価値額はその分増えてもよさそうだが、実際は、「働き蜂の国」日本は、「昼寝の国」スペインに負けているわけだ。
なぜ日本がフランスに労働生産性で負け続けるか簡単に述べると、それは日本は競争が激しすぎるからです。試験に例えると、日々「四合五落の試験」を受けている日本人と、「8時間寝ないと試験資格を剥奪される試験」を受けているフランス人の違いです。競争の度合いだけに着目すると、前者を「進学校受験」、後者を「DQN校受験」と例えられるかも知れません。こう例えると、欧米各国が日本の労働生産性の低さを非難もしくは嘲笑するのは、いわばDQN達が進学校受験者に対して「君たちは試験で80点取るのに何時間費やしてるんだ(笑)。俺はちょっと勉強したら50点取れたよ。君たちは1点取るための効率が悪い」と言っているようなものです。受けている試験の競争の度合いが違うので得点のための効率が違うのは当たり前です。こういった非難、嘲笑は放っておけば良いでしょう。

ただし、自由に競争した結果、競争がエスカレートして全体と個人の時間や体力、資源が無駄につぎ込まれている点に関しては、耳を傾けた方が良いでしょう。時間や体力、資源をどのような割合で振り分ける日本社会を作るのかは、日本人が決めることで、他国の意見は関係ないはずです。

ベーシックインカムがもたらす影響

ベーシックインカムは、政府が全ての国民に対して毎月最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金(5万円~8万円程度)を無条件で支給するという構想(wikipedia)で、色々なブログでも取り上げられています。

賛成派
反対派
僕は(この時代の日本においては)反対派です。「怠け者同盟の社会のまとめ」にも書いた通り「独力で世界を変える力の無い日本は、外圧を待ちつつ、国内の産業の国際競争力を維持するために現状の自由競争路線を維持するのが、取りうる最善の策」だと思うからです。日本が世界に先駆けてベーシックインカムを導入することはあり得ないし、他国が追従する見込みもありません。正直、考えるだけ無駄か、思考実験ぐらいの代物だと思います。

思考実験としてベーシックインカムを試験に例えてみましょう。全員に毎月最低限の生活費を渡すのは、「全員が入学可能な学校を提供されている試験」と例えられます。この試験において各人の競争はどのように変化して、時間や体力、資源はどのように消耗/節約されるようになるでしょうか?おそらく日本では全員が入学可能である学校を用意したところで、トップ校を頂点としたヒエラルキーを背景とした競争が無くなることはないでしょう。各人は誰でも入れる学校があっても少しでも上を目指す傾向は無くならず、競争は緩和されません。

実際の社会に目を戻すと、これは過当競争の働き過ぎ社会が緩和されないことにあたります。おそらく、ベーシックインカムしか収入のない者は、「ベーシ」などと略され、ニートやヒキコモリとにたような語感で呼ばれるようなことになるのではないでしょうか。各人は「ベーシ」だけには落ちたくないと必死で働き続けることが考えられます。こう考えるとベーシックインカムは現在の日本においては非現実的であるだけでなく、「投入する時間や体力、資源を節約して効率よく成果を得る」効果も疑わしいと言わざるを得ません。

まとめ

労働に対する社会の仕組みを試験に例えると、競争における時間や体力、資源の配分が分かりやすくなると思います。似たトピックにおいて応用が利くと思うので、ぜひ活用してみてください。

関連:

  1. 怠け者同盟の社会のまとめ
  2. 怠け者同盟の社会は人類の未来
  3. 怠け者同盟の社会が働き者の社会に対抗する手段
  4. 怠け者同盟の社会と働き者の社会の間の競争の中のフランス
  5. 怠け者同盟の社会と働き者の社会の間の競争の中の日本
  6. 怠け者同盟の社会の中で輝きを取り戻す日本 このエントリーを含むはてなブックマーク
  7. 自由のスパイラルから脱出を目指す怠け者同盟
  8. 労働に対する社会の仕組みを試験に例える
  9. ベーシック・インカムよりも怠け者同盟の社会 このエントリーを含むはてなブックマーク

6 comments:

花園 祐 さんのコメント...

 ベーシックインカムについては福祉手当の手厚い北欧諸国がよく比較例として挙げられ、日本の引きこもりよろしく、生活を国家に依存する「国家寄生型パラサイト」の若者が増えているとよく社会学で議論になります。

 自分もこの北欧諸国の例を考えると、Sophieさん同様にこの制度には反対です。とはいえさっきもテレビでやっていましたが、介護疲れから痴呆症となった年老いた親を子供が殺す事件が続発しているのを考えると、働いてきた世代や引退した世代にこうした補助を何かしら用意しなければならないとは考えていますが。

匿名 さんのコメント...

ベーシックインカムに関しては山崎元氏のブログが発端です。コメントリレーで実現可能性がよく考察されています。ご覧になってください。

Madeleine Sophie さんのコメント...

花園さん、
ベーシックインカムニートとヒキコモリを救う効果はありそうですよね。社会の安心のためには効果がありそうですが。

匿名さん、
About Basic Incomeによるとベーシックインカムのルーツは16世紀から3つぐらい指摘されているそうです。20世紀に入ってからも3回ほど議論が盛り上がった期間があるそうです。日本のブログ界では山崎元氏が盛り上げたみたいですね。過去の議論にも立ち返って実現可能性を考察したいですね。

匿名 さんのコメント...

競争をなくさないのがベーシックインカムの主眼かと思ってましたけど…

Madeleine Sophie さんのコメント...

なるほど。そうだとすると「全員が入学可能な学校を提供されている試験」と例えたベーシックインカムの目的を達成できますね。このエントリでは労働を試験に例える方法を紹介してみたものです。

Ha3 さんのコメント...

日本の労働生産性が低いのは、こういう人たちがウジャウジャいるのが、本当の理由ですよ。
http://togetter.com/li/84688
怠け者同盟は、実は一部では、もうとっくに実現しているのです。
いやあ、実に素晴らしい国ですね。

コメントを投稿