2009年7月29日

人は平等であるはずの世界において現実は平等でない


Deauville, France
一つ前のエントリ「もうそろそろ日本はもうダメだと言わなくてもよい このエントリーを含むはてなブックマーク」で「パスポートの威力」のくだりで不快感を持った方も多いかと思います。実際このくだりは最後まで文章に含めるか迷ったところでもありました。日本がうまくやっていると言うだけなら、「「世界にいい影響を与える国:ニッポン」を考える」や、「世界にいい影響を与える国:ニッポン」に書いていることの中のどれか取り上げれば済むことでした。しかし、結局は、エントリにある種の”どぎつさ”を演出するためにあえて加えておきました。

不快感を示された方、持たれた方は正しいと思います。人の価値は国籍、民族、宗教、さらに言えば受けた教育や人柄に関わらずみな同じだという世界の方が正しいと全員が納得できるからです。これは、異国に住む僕自身が一番信じたいことでもあります。フランスで住む上で、見た目がアジア人でも、片言のフランス語しかしゃべれなくても、フランス式の教育を受けていなくても、人としての価値は誰でも同じであると信じたいからです。

パスポートの威力

人は誰でもみな平等であるはずと思っていた僕がその命題を疑い出したのは、今から2年前、渡仏した2か月後のことでした。留学生達とお酒を飲んでいる席で、フランス国籍のことが話題になったのです。それが前のエントリの以下の部分に当たります。
「フランス国籍を持っていた方が何かと便利だから取りたい。今はヨーロッパの空港の出入りで面倒が多い」といいます。続けて、「日本のパスポートはフランスのパスポートと同じ威力があるから、お前には関係ないな」と言われました。
彼は同僚のパレスチナ人で、その能力も人柄も申し分ありませんでした。その彼が、以上のように言ったのです。さらには、「空港の検査でいつも個室に連れて行かれるのが耐えられない。フランス国籍は持てば便利だ」と言っていたのです。パスポートのpower(力)だかvalue(価値)と言っていたように記憶しています。

同僚なので同じように働いて同じように生活しているのに彼の目に見えている世界は、僕のものとはだいぶ違い衝撃を受けました。あまりの衝撃で、当時書いていた日記ではぼかして書いています→フランスで理工学: セーヌのほとりでピクニック。それでも、30分ほど続いたフランス国籍の話題が、遅れて参加したフランス人が来たとたんに終わったことなど、今でも鮮明に覚えています。

現実世界は平等ではない

人は国籍、民族、宗教に関わらず平等なはずなのにパスポートのpowerやvalueが違うなんて不公平じゃないかと考え始めました。でも考えてみればこの世界の仕組みなんて不公平にできていると思い当たります。ある者は生まれた瞬間から飢えに苦しむ運命にあったり、より良い生活をするための教育を受ける機会が得られなかったりします。さらに言えば、生まれながらにして、人類が脈々と築いてきた、水道、電気、ネットなどのインフラの恩恵を受けられない人もいます。

また、ある者は生まれた土地に石油が出るためにその利益で社会を高福祉にできたり、ある者は石油が無い国に生まれたために一生懸命に働く必要に迫られます。本当に平等な世界が実現すれば、石油や地球資源の恩恵は人類に等しく与えられるべきとも言えます。それに世界に重大な影響を与える決定を下すアメリカ合衆国大統領はアメリカ国民だけが選べます。これも不公平と言えば不公平と言えます。

国籍、国境をなくすのは現状では不可能

こう考えていくと、そもそも国籍や国境と言うのが不公平なものであるということに気づきます。多くの人が納得する「人はみな平等」という理念を満たそうとするなら、国籍のシステムは無くなるべきだと思います。もしくは少なくとも、人類全員が自由に国籍を選択可能にするぐらいはするべきでしょう。人類が十分に賢明だったら、将来はそういう方向に進むんだろうと信じます。しかし、現状ではこれは不可能です。どの国も養うだけの移民なんて受け入れたくないし、受け入れるとしても優秀な移民だけを受け入れている状態です。国籍を誰にでも解放するのは英断だと思いますが、僕が生きているうちには難しいような気がします。

これは、「おらのじっちゃんとおとうちゃんが耕した畑は、おらのもんだ。みんなで共有するなんてとんでもねぇ」と言うのに似ています。つまり、先人が努力のうちに切り開いた成果を、みんなで共有するのではなく、子孫である自分たちが独占したいという意志の現れです。個人の相続ですら子孫に受け継がれるのですから(税金分は国に取られてその国の皆で共有になりますが)、赤の他人の外国人に譲りたくないと言うことでしょう。国籍はその発想自体が排他的です。

そんなことを言ったって「人は平等だし、パスポートの威力に違いがあってはならない」という人は、国籍システムを壊す方法か、すべての国籍を全員に解放させる仕組みを考えてみてください。

背景に関係なく平等に人に接するのは最後の良心

人類が十分に賢明で国籍システムが無くなった暁には、後世の人は現在の人々のことを「排他的な国籍によって文明の恩恵を独占した野蛮な人たち」と考えることでしょう。国籍が排他的な仕組みであることは、比較的”良い”と言われている国籍を持つ人たちが感じていなくても、”悪い”国籍を持つ人は強烈にそのことを感じているはずです。不平等な国籍システムを認識せず、ナイーブに人はみな平等だと考えるのは無神経で、逆に相手を思いやれない弊害があるように思います。

個人の関係においては、国籍は関係ありません。国籍、民族、宗教、受けてきた教育にとらわれず、平等に接するべきだと思います。排他的なシステムで不平等に恩恵を得る者のいる現在の世界に生きる者として、それは最後の良心です。

追記:そういえば去年の12月に日本に帰った時にパスポートのことを茶化した歌が流行ってました。たいていの人は国籍の排他的システムに無関心なんだと感じました。
一時帰国中の雑感「矢島美容室」 (1/2)

6 comments:

la dolce vita さんのコメント...

お久しぶりです。

パスポートに関しては、こちら(↓)に書いてますが、不利な扱いを受けがちな友人たち(私の場合はブラジル人とトルコ人の友人)の間では、もっともよくする話のひとつですよ。
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2008/06/post-10.php
旅行者が身分を証明する唯一のものだからでしょうね。

一旦、国内に入ると別の身分証明書を発行し、人種の別を書かせるシンガポールのような国もあります(↓)。 多くの国ではこれ(人種を書かせること)はたぶん違法だと思います。
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2009/07/post-226.php
もちろん、この人種の別は政策などに利用されます(エントリーの下の方のコメントもみてください)。

日本のパスポートは世界でもっとも優遇されるパスポートのうちのひとつだとは思いますが、例えば独身日本人女性の場合、特定の国(イギリスやオーストラリアなど)では、「語学留学と言いつつ、現地の男性と結婚して居座るんじゃないか」と勘ぐられ、入国の際の質問が厳しいなどはよく聞きますし、アメリカの空港内でbaggage checkの時(空港側はランダムに調べていると言っているが)、アジア系・アラブ系は必ず止められて荷物を開けて調べられるなども、よく聞きます。

Madeleine Sophie さんのコメント...

la dolce vita さん、ブログの記事、楽しく読ませてもらっています。IDに人種を記載するのは、人権の母国を自認するフランス人が聞いたら目玉が飛び出しそうです。

逆に日本人で日本に住んでいる人の多くは国籍というシステムが排他的な仕組みであることに気づいてない人が多いのではないかと思ってこのエントリを書いてみました。

> 「語学留学と言いつつ、現地の男性と結婚して居座るんじゃないか」と勘ぐられ
これはびっくりですね。こういった例は、国籍が排他的仕組みであると日本人にも分かりやすい例ですね。

荷物チェックは恣意的な気がしますね。誰かが留められている間に、白人が悠々と通っていくという光景は目にすることがあります。

国籍システムはすぐには変わらない仕組みだと思いますが、気を配っていきたいですね。

F Fries さんのコメント...

こんにちは、偶然こちらにたどり着いたのですが、なかなか読み応えのある記事を楽しませていただきました。

わたしはアメリカに住んでいるのですが、パスポートの威力というと、日本領事館での経験が思い出されます。もう十年以上前のことですが、書類を作成してもらう必要があって日本領事館に行ったのですが、隣の窓口(非日本人が日本のビザを申し込むための窓口)で東洋系の人が手続きをしていました。英語のなまりを聞けば、その人がアメリカ育ちでないことはすぐにわかります。その窓口の係員は、明らかにうさんくさそうな表情で応対をしていたのですね、いかにも、「お前、なんでアメリカで日本にビザの申請をしてんだよ、自分の国の日本領事館でやれよ、こんなところで申請をするなんて、なんか妙な事情があるんだろう、お前、日本に入国したら、不法滞在するつもりだろう?」なんて感じで。ところが、その東洋人がアメリカのパスポートを出したとたん、窓口の係員の表情がコロリと変わりました。

とどのつまり、パスポートというのは、その所持者が不法滞在する可能性がどのくらいか、それから最近では所持者がテロに関与している可能性がどのくらいあるかの象徴なんですね。

空港の荷物検査は、ときどきランダム性を強調するためか、わざと(?)80歳くらいのばあちゃんを止めているのを見ることがあります。

Madeleine Sophie さんのコメント...

F Fries さん、
すばらしいブログタイトルですね。アメリカにいながらアメリカのことを冷静に観察されていることがすぐに分かるタイトルで感心しました。

> 空港の荷物検査は、ときどきランダム性を強調するためか、わざと(?)80歳くらいのばあちゃんを止めているのを見ることがあります。
これは面白いですね。ありそうなことです...

ap さんのコメント...

何を持って平等というのかは、難しいような気もします。日本人は幸い現在の国力と先人の行いのお陰で、確かに外国で優遇されてると思います。
働き者で正直というのは、少なくともアメリカでは評価されているようです(アメリカ人は、私の感覚では日本人よりもっと過激にハード・ワーカーですが)。
ところで、たとえば某東欧からの移民は、一見、人あたりが大変よく、表面上は大変よい方ですが、全然働かない。何にかと理由をつけて、他人になんでもさせようとする、責任と言う概念がない。仕事とは自分ではなく、人がするものと思っている。嘘も平気で付く、とします。と言うわけで折角移民して来ても、アメリカでは、クビになったりすることもある。母国は賄賂と汚職で、社会が全然まともに立ち行かないので、アメリカに移民してきたのですが、行動様式は自国で培われたもので、そのままではアメリカでもやって行けない、こんな様子なので、アメリカでのその国出身者の評判は良くない。その某東欧人がそのような性格なのは、彼(女)の生まれ育った環境から来るもので、本人の責任ではない。すると、これは差別で、優遇される日本人は不当に良い目を見ているということになるというふうに思われますか?

Madeleine Sophie さんのコメント...

apさん、

国籍で差別されるのは、彼(女)の生まれ育った環境が信用できないことが、事前に知られているからだという主張ですね。一理あると思います。

人が人にレッテルを貼るのは避けられないことですからね。一つエントリを書いています。
フランスの日々: 「レッテル貼り」に貼られたレッテル

このエントリの主張は、世界は平等でないのに「人は全て平等」と言うことの危うさを指摘しています。「もうそろそろ日本はもうダメだと言わなくてもよい 」のパスポートのくだりに反発した人は、世界を本当に平等なものだと捉えているのかと心配になって立てたエントリだったのです。

よって、日本人が良い先入観で見られることは、不当ではないと思いますよ。

コメントを投稿