2009年7月29日

怠け者同盟の社会は人類の未来


Paris, France
日本はけっこう成功しているというエントリ(日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材このエントリーを含むはてなブックマーク日本をもっとダメな国だと思い危機感を煽りましょうこのエントリーを含むはてなブックマークもうそろそろ日本はもうダメだと言わなくてもよい このエントリーを含むはてなブックマーク」)には、必ず「いや、でも働きすぎて日本人の幸福度は低い」という反論があります。それに対する答えとして読んでいただけると助かります。
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フランスに来て思ったのは、やっぱりフランス人は怠け者だということです。1998年に政府の決めた週35時間労働制は、月曜日から毎日8時間働くと金曜日は午前中で帰宅できることになります。もちろん同僚は5時か6時で帰りますし、土日休日に働くことはあり得ません。24時間のコンビニはありませんし、日曜日に空いているスーパーもありません。だんだん分かってきたことは、フランス人は怠惰だからこんな社会になったのではなくて、怠惰でいられる社会を未来の理想として、意識的にこの社会を作り上げてきたということです。これを本エントリでは怠け者同盟の社会と名づけます。

サルコジ大統領はこの怠け者同盟の社会を働き者の社会に変えようとしていますが、反対者が多いです。

「日曜はダメよ」の仏店舗、営業解禁へ新法 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

フランスで、これまで原則として禁じられていた日曜日の店舗営業を、大都市や観光地で解禁する新法が国会で可決された。政府は年内施行を目指しており、実現すれば観光客も買い物や飲食がしやすくなる。ただ、「もっと働き、もっと稼げ」と旗を振るサルコジ大統領肝いりの新法には、国民の過半数が「ノン」と拒否反応を示しており、野党は徹底抗戦の構えだ。

怠け者同盟の社会は競争を抑制し負荷を減らす

競争相手の会社や同僚も35時間労働で、日曜日は労働禁止だということになれば、誰もが安心して働くことをやめられます。仕事を休んでいる間にライバル店にシェアを奪われることも無く、休んでいる間に同僚と差がつくことも無いからです。さらに競争を抑制すると良いのは、労働によって得られる成果が競争していた時とそれほど変わらない点です。競争が抑制されていれば、必死に働かなくてもライバル店に勝てる可能性は減りませんし、出世できる可能性も減りません。このあたりは、「競争の抑制によるソシアリスムの実現」にも書いてあります。

減った負荷を「幸福」へとまわす

エネルギー資源、人的資源、労働時間などの資源を投入して経済的利益を上げる競争において、競争を抑制することで減った負荷を本当に社会と個人を「幸福」にする要素に振り分けていきます。エネルギー消費は減れば減るほど好ましいし、余った時間は、例えば家族の団欒を増やし毎日一緒に食事を取るとか、著名な文学作品を読んで感性を養うとかといったことに振り分けます。

プロジェクトが遅れ気味だろうが、やらなくてはならないことが終わってなかろうが、ヴァカンスは必ずとります。それが権利だからです。だから、やらなくてはならないことが終わってなければ、ヴァカンスなので出来ません、と言います。言われたほうは、それならばしようがないとなります。まるでヴァカンスは聖域のようにして、他人にも仕事にも何にも絶対に邪魔させません。フランスにおいては、基本的人権とは教育を受ける権利、自由に発言できる権利、自由に宗教を選べる権利に加え、ヴァカンスを取る権利が含まれているという冗談がありますが、それぐらいのものです。フランスでは、エスカレートした競争は人々を幸せにしないという信念みたいなものを感じます。

怠け者同盟の社会を試験で例えると

怠け者同盟の社会を試験で例えると以下のようになります。大学入学試験などの熾烈な競争の下では、「四合五落(4時間寝た者が合格し、5時間寝た者が落ちる)」といったことが起こりえます。競争がエスカレートするため、ライバルたちより睡眠時間を削る必要があります。怠け者同盟の社会は、これを8時間睡眠しないものは試験を受ける権利を失うというルールを設定したようなものです。つまり8時間睡眠したもの同士の競争になるため、競争は抑制されたものになります。

どのように受験者の睡眠時間を確認するかという問題は残りますが、ルールがしっかりと適応されれば公平な競争が行われます。つまり、自由に競争した時と同様に、より努力したものや、より試験を解く能力がある者が合格することになります。

働き者が罰せられる怠け者同盟の社会

怠け者同盟の社会の問題点は、より働きたいものが働けないという問題です。怠け者同盟の社会内の人々は、労働にかける時間を少なくし、あなたの「幸福」を増やすことを義務付けられています。働くことが私の幸福ですという論理は認められません。なぜならこれは、怠け者同盟の社会の中では抜け駆けになってしまうからです。

つまり、ライバルがみんな8時間睡眠している中で4時間睡眠にするような卑怯な抜け駆けです。競争を緩和するための8時間睡眠ルールは、試験勉強をしたくてたまらないような受験生には、強制的な8時間睡眠は苦痛でしかありません。家族団らんや読書、音楽鑑賞による人生の充実を強制されます。怠け者同盟の社会は働き者を罰する発想で作られています。

全体の「幸福」を増やす方法としての怠け者同盟の社会

どのような社会を作り上げていくとしても全体の幸福を増大させることが最終的な目的となります。怠け者同盟の社会は、圧倒的大多数が怠け者のフランス人たちが幸福になるために作られています。小数の働き者が罰せられるのは、全体の幸福のために無視される問題点があります。しかし、この社会では「ニートの海外就職日記」に書かれているようなブラックな会社というのは、抜け駆けとして市場から退場を迫られます。

競争によって、全員が必死に働かなくとも、今と経済的にほとんど変わらない生活が出来て、競争以外に使う時間がある社会が未来の理想というのは、異論が無いでしょう。少なくとも、未来の社会を考えていく上で、全体の幸福を増加する方法として、怠け者同盟の社会というアプローチがあることを知っておく必要があります。

このブログでは、以下のエントリを予定しています。
  1. 怠け者同盟の社会のまとめ
  2. 怠け者同盟の社会は人類の未来(本エントリ)
  3. 怠け者同盟の社会が働き者の社会に対抗する手段
  4. 怠け者同盟の社会と働き者の社会の間の競争の中のフランス
  5. 怠け者同盟の社会と働き者の社会の間の競争の中の日本
  6. 怠け者同盟の社会の中で輝きを取り戻す日本
  7. 自由のスパイラルから脱出を目指す怠け者同盟
  8. 労働に対する社会の仕組みを試験に例える
  9. ベーシック・インカムよりも怠け者同盟の社会 このエントリーを含むはてなブックマーク
このエントリへの反論:
と、その再反論:

15 comments:

花園 祐 さんのコメント...

 この前どこかのニュースで見ましたが、なんか百貨店が日曜に営業することがフランスでも許可されるようになったそうですね。私がロンドンに行った際、有名な百貨店のハロッズが日曜に休みなのを知って度肝を抜かれましたが、ヨーロッパ人がそれで当然と言うのに対してアメリカ人と日本人は「いくらなんでも休みすぎだろ……」と、こちらは中国の留学先で意見が別れましたが、働き方では日米の価値観は近いような気がします。

ぴらふ さんのコメント...

仕事で一月弱フランスに行っていました。
基本的に仕事をしたくないほうで、フランス人寄りの考えを持っていると思っていましたが、実際目にすると唖然とする部分は(が?)多かったです(笑)
慣れると、楽できていいよなー、とも思いましたが。
日曜はパリならアラブ屋さんもあったし。

しかし、日本に帰ってきてから思うのが、才能ある人でやる気もある人なら、フランス型のほうが伸びる、ということです。
時間が有る分、勉強したい人は好きなだけ勉強できますから。
帰国後、本文のリンク先で書いてあるような社畜な生活をしていると、勉強はおろか、本当に何もできませんから。。。

フランス型が良いかはともかくとして、日本の労働形態(の一部?)は、人の可能性を摘み取る形態だと思います。
ただ、そうしないと仕事が無い、という過度な競争状態な社会であるのも事実?ではありますが。

怠け者の自分としては続くエントリに非常に興味があります。

kohei さんのコメント...

>怠け者同盟の社会を試験で例えると

非常に分かりやすい説明ありがとうございます。『怠け者同盟の社会』は個人的に居心地がよいように感じます。日本でも、地方の製造業の現場ではまだ『怠け者同盟の社会』といえるのでないでしょうか。

『怠け者同盟の社会』が国内で徹底できれば、暮らしやすい社会と感じるのですが、中国や日本のような『働き者同盟の社会』が台頭してきたときにどうなるのか・どのようにして『怠け者同盟の社会』を維持するのか。
続編を期待します。

takedowngate さんのコメント...

はじめまして。
怠け者同盟というのは、一部で言われているベーシックインカム論とも係わってくると思いますが、結局は人間にとって、幸福とは何かということになるのではないでしょうか。そしてそれはかなり地域差、個人差が激しい気が個人的にはしています。

次のエントリに期待をしています。

SAS43 さんのコメント...

またコメントさせて頂きます。

怠け者同盟という言葉にいささか違和感を感じます。怠け者かどうかはあくまでも日本人との比較、フランス人は、自分たちの大多数が同意して作った社会でしょうから、自分たちを怠け者であると自覚していないでしょう。社会全体がそれを受容しているのであればやはり良い社会なのではないかという気がします。
一方、日本はと言えば戦争に敗れゼロから今の地位までムチャムチャがんばってのしあがってきました。経済を良くすることが豊かになることと幻想を抱き、先にも述べたとおり社会全体が合理化と過剰労働を強いてきました。こんな日本に誰がした、といえば自分たちが選んだ政治家、官僚でしょうから自業自得と言えばそうなのでしょうが、フランスと決定的に違うのは望んでいない社会になりつつあるということです。豊かになれないのに過重労働していることに日本人は気づき始めています。この悪い循環を誰も止められずにいます。まるで暴走列車に乗ったまま止ることが出来ないで喘いでいるかのようです。今の政治家をみても一縷の望みも感じられません(アメリカとの相違)。
そんなにがんばらなくたっていいんだよ、ゼロ成長でいいんじゃない、みんなが幸せと感じられれば、と大手を振って言ったら今の日本では異端視されるでしょうね、きっと。
続編に期待します。

Madeleine Sophie さんのコメント...

花園さん、
「いくら何でも休み過ぎだろう」という反応は分かりますね。僕も来たばっかりの時はそうでしたね。

ぴらふさん、
そうなんですよね。怠け者同盟の社会の弱点は、国内市場で競争を抑制できても、グローバル市場では競争を排除できない点です。次にこれについて書いていきますので、気長に待っててくださいね。

koheiさん、
そうなんですよね。『怠け者同盟の社会』を維持が問題となります。現在の怠け者同盟の社会について書いていこうと思います。

SAS43さん、
将来は人類全体がフランス人のように働くようになるのではないかというのが「 怠け者同盟の社会は人類の未来」というタイトルの趣旨です。なので将来はそれが普通になるのでしょうね。それでも1.現状で、2日本の読者を対象とするならば「怠け者」と呼称した方が理解が早いと思いこのように書いてみました。

僕もそうでしたが多くの日本人から見るとフランス人の怠け者具合は自分の首を絞めているようにしか見えないからです。
マーケットの馬車馬: 今週のThe Economist:フランスの労働問題「35時間の憂鬱」

Madeleine Sophie さんのコメント...

takedowngate さん、
自由市場経済主義の問題に対するアプローチと言う点では、ベーシックインカム論と同じだと思います。ベーシックインカム論は働き過ぎを禁止することは無いと思いますが、怠け者同盟では働き過ぎはいけないことになるでしょう。

ベーシックインカム論だけでは、ベーシックインカムレベルに落ちたくない人たちの競争は抑制されませんよね。経済的な不平等が拡大するかもしれません。怠け者同盟ではその点、働き過ぎが禁止されるので、経済的不平等はほぼ是正されます。怠け者同盟の社会は、ベーシックインカム論より過激なアプローチと言えるかも知れません。

meg さんのコメント...

フランスの働き方を知るべき、と結論しているのには同意しますが、「怠け者」と言う言葉は否定的で「働き者」は肯定的なので、比較する前から公平さにかける主観がを感じるのが残念です。もともと35時間労働は労働者が楽できるから制定されたものではなく、移民や就職率の低い若者の雇用促進を促すためのものだったのですが、そんなにうまくいっていないようだし、サルコジ氏は「働け」路線なので、これから変化していくかもしれませんね。そのあたりも含めた記事を今後に期待しています。

匿名 さんのコメント...

フランス在住です。フランスが「怠け者」社会なら日本人は「働きすぎ」の社会としたほうがぴったりくるように思います。ただ、フランスのように恵まれた環境ではないので仕方ない部分もあるとは思います。日本人がもう少しゆとりをもてるような画期的な策が実現しない
ものでしょうかね。

匿名 さんのコメント...

個人的には「怠け者同盟の社会」は非常に魅力を感じますし、ヨーロッパ(少なくとも大陸側西欧)ではそのような社会のありようが一定のコンセンサスを得て、それで社会がきちんと機能しているのも理解しているつもりです。

しかしながら、この西欧型社会がグローバル経済(社会)の発展の中で持続可能であるのか、という点には、(個人的には残念なのですが)私は非常に悲観的です。
人間の幸福を追求した社会は、幸福を軽視した社会に競争で負ける、というのが、国境をまたぐ事が多い事業にたずさわっている人間としての実感です。
フランスあたりは音頭を取って、「怠け者同盟」的価値観を全世界に普遍化しようと頑張っているように見えますが、発展途上国から見れば、そんなものは価値の押しつけでしかないのも理解できます。
「怠け者同盟普遍化」は「世界同時共産革命」と同じく、大人の考えである価値の多元化と相容れないものである以上、必ず失敗すると思いますし、一地域(例えばEU)だけで「怠け者同盟」を堅持したところで、現下のグローバル社会の元では、いずれ、かつての共産圏の如く外部との経済格差に押し流され崩壊
する、という認識です。
ただ、失敗した「共産主義の夢」が資本主義社会に改良を促したのと同じく、長い目で見れば社会の(必ずしも「発展」ではなく)「進歩」に貢献してくれる考え方だと思います。

上述のような疑問は、大人なフランス社会であれば、当然考慮されてる部分だと思いますので、フランス人がどう考えているのか、今後のエントリーを楽しみにしております。

Madeleine Sophie さんのコメント...

>「怠け者」と言う言葉は否定的で「働き者」は肯定的なので、比較する前から公平さにかける主観がを感じるのが残念です。
> フランスが「怠け者」社会なら日本人は「働きすぎ」の社会としたほうがぴったりくるように思います。
怠け者より、働き者の方がエラいというのは、このエントリの趣旨とは違いますが、日本社会の雰囲気ではそうなってしまうかもしれませんね。「怠け者」との対比として考えるのに「働き過ぎの人たち」と言うのは少し長いので、これまで通り、「働き者」と言う言葉で対比していこうと思います。働き者=働き過ぎの人たちというニュアンスで使っていきますのでよろしくお願いします。

> 上述のような疑問は、大人なフランス社会であれば、当然考慮されてる部分だと思いますので、フランス人がどう考えているのか、今後のエントリーを楽しみにしております。
フランスの政治観、外交観は驚くほど冷静です。「偉大でなければフランスでない」などというモットーを掲げながらも、現実を見据えた議論がなされているよう感じます。第二章 怠け者同盟の社会が働き者の社会に対抗する手段では怠け者同盟の戦略に付いて分析しましたが、今後フランスでの状況も分析していこうと思います。

匿名 さんのコメント...

「全体の幸福」という考えは、かつてブータン国王が提唱した国民総幸福量(GNH)という概念を思い起こさせます。ブータンは「世界一幸せな国」として先進国民の一部から近年、注目を集めているようです。私はブータンを褒めちぎる「単純な」人々に同調する気は毛頭ありませんが…

ところで私は幸福や幸福感というものは、基本的に主観的なもので、そのようなものの総量を扱うことにはかなりの注意が必要だと思います。

現代のフランスの若者たちは、「働き者国家」の人々が発展させ、生産し続ける大衆文化を消費することで大きな幸福を得ていると思いますが、彼らはそれらを拒絶し、別の幸福に向かうことができるんでしょうか。

また、ある人によれば、幸福とは欲求が満たされることにより得られるもので、欲求には生理的欲求といった低次のものから、自我・自己実現の欲求といった高次のものまで様々あるそうです。個人的には、より高次の欲求を満たすことほどより高い価値があり、そのためにはより多くの努力が必要であると思います。「怠け者」でいるためには幸福の水準をより低く設定する必要もあるのでしょうか?

Madeleine Sophie さんのコメント...

> また、ある人によれば、幸福とは欲求が満たされることにより得られるもので、欲求には生理的欲求といった低次のものから、自我・自己実現の欲求といった高次のものまで様々あるそうです。個人的には、より高次の欲求を満たすことほどより高い価値があり、そのためにはより多くの努力が必要であると思います。「怠け者」でいるためには幸福の水準をより低く設定する必要もあるのでしょうか?
高次の欲求を満たすにも時間や、体力などの限界ある資源が必要です。競争がエスカレートすることによって限界ある資源が浪費されるのを防ぐのが、怠け者の社会と言う位置づけです。競争の抑制により負荷が減り、限界ある資源のより多くを「幸福」へとまわせます。温存された資源をどのように活用するかと言う、後の努力は個人に任せられるのだと思います。

匿名 さんのコメント...

日本でも会社や地域によって違います。
半年くらい好きなことをしていても
数年後にそれをやめたのを
惜しまれるような社風もあれば、
そういうことを逆に絶対許さない
ぎちぎちした社風もある。
前者は、全体を受け入れるから
安心感や雇用不安がなく、
一人あたりの生産性は結果的に
人をフィルタしたり排除したりする
社風よりも高くなる。

川頭信之 スピード冒険野郎 さんのコメント...

競争は自由にした方がよいと思っていましたが、法律でルールを設けて、競争の激しさを抑えるとは、フランスという国は面白いですね。まるで、スポーツを面白くするためにルール(レギュレーション)を設けるのと似ていますね。

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