2009年4月10日

他人に英語をしゃべってもらうのは大変


Paris, France
通信分野の日本人研究者とフランス人研究者が関わりあう中で、多くの場合会話は英語です。発表される論文は英語で書かれ、英語がスタンダードとなっている研究分野では当然だと思います。英語さえできれば、共同作業は簡単だと思われがちですが、そうではありませんでした。日本で3年間、フランスで2年間、フランス人の研究者と共に働いてきた経験から、他人の話す言語を変えるのは大変だったということを書いていこうと思います。

留学するのにフランス語は必要か」では、研究にはフランス語は必要なくて、生活にフランス語が必要だと書いてきました。仕事だけの人はいないので、フランスに来れば必ずフランス語に触れる機会があります。例えば、みんなで昼食に行ったときには、彼らがどれほど英語をしゃべる能力があっても、自然と会話はフランス語になります。まったく意味のわからない会話が繰り広げられていて、たまに笑いが巻き起こっても自分には何の話で盛り上がっているかさっぱりわかりません。彼らにとっては、自分を会話から排除する意思は微塵も無いのですが、だんだんこんな感情が湧き上がってきます。「僕がフランス語しゃべれないの知ってるだろう~。みんな英語はしゃべれるんだから英語で会話をしてくれ!」と。

幸いにも僕は日本では、逆に日本語をしゃべれないフランス人がいるのにも関わらず、ついつい日本語をしゃべってしまったり、しゃべってしまう同僚を見てきたので、日本人が英語をしゃべらないことに悪意が無いことは良く知っていました。そして、会話が日本語になってしまったことで、日本語をしゃべらないフランス人が会話に取り残されていることに気づき、彼らに悪く思ったりしていました。

双方が英語をしゃべれるなら、英語をしゃべればいいと思われるかもしれませんが、日本人とフランス人の比率が偏っている場合(例えば10対1とか、1対5とか)には、日本語かフランス語になる傾向があります。例えば、「昨日、おまえが探していた本を見つけたぞ。」とか、その場にいる全員を対象としない会話が呼び水となって、すべての会話が日本語になって行ったりします。こういった場合には、その言語をしゃべれない人が、会話から排除された感覚を覚えて恨みがましく思ったり、会話に入れない外国人を見つけて悪く思い気まずい時間をすごしたりします。

もちろん、全員が英語をしゃべることが一番正しい解決方法であることは明らかです。通信分野の研究者は英語の能力を向上させることも仕事のうちで、英語は全員がしゃべることを前提としてよい唯一の言語です。とはいえ、久しぶりに会った友人に近況を聞きたい場合や、仕事で疲れてリラックスしてしゃべりたい場面、いろいろな場面で母国語をしゃべりたい欲求は自然です。多くの人は、すべての場面で英語をしゃべるという正しい解決方法をどこでも実現できるわけではありません。

相手に英語でしゃべってもらえず、恨みがましい感情がわいてくるのも、反対に自分が母国語をしゃべってしまいしゃべれない人に気の毒な思いをさせてしまうのもつらいものです。”恨みがましい感情”と”気の毒な思い”は重大な問題ではないですが、蓄積すると日々の精神的な負担が大きいです。エントリのタイトルの通り、”他人に英語をしゃべってもらうのは大変”なので、僕が一番いいと思う解決方法は、その国の言語で日常会話レベルまでは出来るようにしておくことです。そうすれば、自分は悪気無くその言語をしゃべっている人に恨みがましく思ったりしなくてすみ、相手には、言語のせいで会話に取り残されていると思わせて気の毒に思われなくてすみます。そのレベルに達するまでが大変だと思われるかもしれませんが、上記の”恨みがましい感情”と”気の毒な思い”を解決できる利点の方が大きいと思うのです。フランス人に英語をしゃべってもらうように相手に期待するのはやめた方が精神的に楽だと思います。

関連:フランス語の勉強の仕方(まとめ)

4 comments:

ゆみこ さんのコメント...

はじめまして。
他ではあまり話されていない、でも聞きたかったお話がたくさんあるので楽しく拝見しています。

疎外感と、申し訳ない感、よく分かります!私はフランス語を勉強していた時に先生から「一番必要なのは英語です」と宣言されてしまい、今は英語も勉強し直しています・・・

過去のエントリですが、
「日本人が本質的に楽観主義者だから、悲観論を必要とするというモノ」
すごく的を射ていると思いました。任天堂の話でさらに納得!
これを読んで、「爆笑問題のニッポンの教養」という番組で取り上げていた日本語学を思い出しました。日本語は昔から(平安時代?)楽観的な言葉より悲観的な言葉の数のほうが圧倒的に多いようです。これも楽観的からきているのかも?

これからも楽しみにしています。

Madeleine Sophie さんのコメント...

ゆみこさん、

ありがとうございます。確かに英語の重要性は強調しても仕切れないほどですね。先生が正しいんだと思いますよ。ただし本当にフランス人の中に入っていくのなら、先方に英語をしゃべってもらうより、自分がフランス語をしゃべった方が簡単で、手っ取り早いと思います。何事もバランスですね。

日本語では悲観的な言葉が多いというのも面白いですね。「爆笑問題のニッポンの教養」も見たことは無いのですが、興味は持ってます。いつか見たいなと思います。

いるめん さんのコメント...

またコメントさせてもらいます。

自分の知らない言語で会話が弾んでいる中で、笑い声などが飛び交っていたらとても悲しい気分になりますよね。

具体的に二月にタイに旅行に行ったとき、一緒に行ったスイス人の友達とフランス語ができるタイ人の女性が食事中にずっとフランス語で話していて全く理解できずにそのまま悲しい気分になり一人で帰った記憶があります。

かといって誰か他の人に今どういった状況なのか英語で説明を求めてもオリジナルの意味とは若干違うでしょうし手間がかかるので面白さもある意味半減しますよね。

私は幸い今はほぼ全く英語で苦労はしませんがやはり知らない外国語に直面すると理解してやろうという表現不可能な気持ちが湧き上がります。

そのままモチベーションを保持して外国語学習に生かせればいいのですが大体数日したらスッカリ忘れてしまうんですよね。

自分自身でもミーハーな性格だと思います;D

Madeleine Sophie さんのコメント...

いるめんさん、

たしかに言語を理解したい要求が、言語習得のモチベーションになりますよね。やっぱりその言語が話されている国に行くのはモチベーション的には最高ですね。なにしろいつももっと理解できたらなーという欲求が湧いてきますからね。

その言語をしゃべれなくて疎外感を感じたり、相手に英語を強制してしまう申し訳ない感は地味につらい物です。このつらさを多少和らげるために、言語を勉強するつらさは上の疎外感と申し訳ない感よりもだいぶ、楽な物だと思うんですよね。

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