2008年12月6日

[書評] 美しい国へ

美しい国へ (文春新書)
2006年9月26日に総理大臣になった安倍氏がその2ヶ月前に出版した本です。1年ほどで突然政権を投げ出した安倍氏の言葉と言うことで、全てがむなしく響いてしまうのは避けられないでしょう。それでも、たった1年ほど前まで1年間首相を務めた人がどんなことを考えていたかを知ることは、少しは意味があることだと思います。彼は正当な手段で首相に上り詰めたので、国民の期待と信頼を背負ってリーダーとなったと見ることが出来るからです。日本語の本が貴重であるパリにおいて本書をセールで1ユーロで得られたことはお得でした。

政治家の本は、たいてい政敵に揚げ足を取られないように、全体的に詳しく突っ込んで書かれていません。つまり、「総論賛成、各論反対」の傾向において反対を避けるように、各論を避けるように書かれています。良いことというのは、どんな政治家でも決まって口にするもので、この本も多くの政治家の本のように高い志が書かれています。政治家の評価は実行にあるので、その点では首相を務めた期間の安倍氏の評価は低いものとならざるを得ないでしょう。以下の言も守られなかったことを見たりすると、その信念さえも疑念が生じてしまいます。今日この時期に本書を読むと、全体的に良い言葉がむなしく響いてしまいます。
確たる信念をもち、たじろがず、批判を覚悟で臨む——新たな決意だった。(P.41)
この本でまっとうだと思ったところと、疑問だった点を挙げておこうと思います。まっとうだと思った点は、(すこし引っかかった点もありましたが)ナショナリズムに関する記述です。
心の底から、かれらとコミュニケーションをとろうと思ったら、自らのアイデンティティをまず確認しておかなければならない。...(略)...かれらは、わたしたちを日本人、つまり国家に帰属している個人であることを前提として向き合っているのである。はじめて出会う外国人に、「あなたはどちらから来ましたか」と聞かれて、「わたしは地球市民です」と答えて信用されるだろうか。(P.93)
「わたしは地球市民です」と答えるタイプの左派の人達と比べると、自分に日本人というレッテルがついていることを自覚している人の方が無理がない考え方だと思います。地球上すべての人間が努力と能力によって、平等に扱われるのは確かに理想ですが、現状はそうではありません。偶然生まれた国と時代によって、食べるのにも困ったり、教育の水準が低かったり、はたまた気候に恵まれていたり、天然資源の恩恵を受けられたりします。こういった不平等を是正するには全ての国家を廃止するか、全ての人に全ての国籍を無条件で選択可能にするといった、思い切った時代の変化が必要です。現状では国籍変更がかなり難しい上、その人の持つ国籍がその人に一生ついてまわります。とはいえ、右派で名高い安倍氏が、だから国家を大切にしなさいというと、摩擦を引き起こすことは容易に分かりますが。

他国では、日本のようにナショナリズムを押さえつけることはないということを説明する部分ではフランスのワールドカップ優勝の事例が使われています。
優勝の夜、人びとは国家「ラ・マルセイエーズ」を歌って熱狂し、百万人以上がつどった凱旋門には「メルシー・レ・ブリュ」の電光掲示板が浮かび上がった。サッカーのもたらしたナショナリズムが、移民に対する反感を乗り越えた瞬間だった。(p.81)
フランスもナショナリズムを高揚させているのだから、日本だって良いじゃないかと言うことなのでしょうが、これはまったく次元が違います。フランスは日本とちがって多民族国家です。フランス人でも顔もちがえば、宗教、習慣だってちがう。一つにまとまるには、国としての共通体験を増やしていくしかないという事情があります。偶然手に入れたフィガロ紙にも優勝の喜びが書かれていましたが(→「フランス人である幸せ (Le Figaro 1998)」)、フランス人が移民に対する反感を乗り越えたと言うのは、率直に言って間違った認識だと思います。それから7年経った2005年の暴動を見ても明らかです。フランスは今でも移民対策は完全に解決されている訳ではなく、より良い国づくりのために苦しみ続けていると思います。

少子化の問題に関する以下の部分は、政治家が国民のがんばりに期待しているようで、違和感を感じます。
また、従来の少子化対策についての議論を見ていて感じることは、子供を育てることの喜び、家族を持つことの素晴らしさといった視点が抜け落ちていたのではないか、ということだ。わたしのなかでは、子供を産み育てることの損得を越えた価値を忘れてはならないという意識がさらに強くなってきている。(p.173)
子どもを持つことによる喜びは人びとが自然に感じるもので、政治家が国民に損得を越えて子どもを作ってくれと言うのは、間違っていると思います。以下のように、個人的な意見として書くとなんとなく共感できるので、書き方の違いかも知れませんが。
わたしには子どもがいない。だからこそよけい感じるのかもしれないが、家族がいて、子どもがいるというのは、損得勘定抜きでいいものだなあ、と思うことがよくある。(p.216)
美しい国へ (文春新書)
安倍 晋三 (著)

第1章 わたしの原点
第2章 自立する国家
第3章 ナショナリズムとはなにか
第4章 日米同盟の構図
第5章 日本とアジアそして中国
第6章 少子国家の未来
第7章 教育の再生

自信と誇りのもてる日本へ。「日本」という国のかたちが変わろうとしている。保守の姿、対米外交、アジア諸国との関係、社会保障の将来、教育の再生、真のナショナリズムのあり方…その指針を明示する必読の書。

2 comments:

花園 祐 さんのコメント...

 時間差で本とか読むと確かにいろいろと楽しめますね。私も以前にある銀行の研究所が出した、「1997年はこうなる!」というビジネス書を古本屋で見つけましたが、その本体の銀行自体がもうなくなっていることを思うと、経済全体より自分とこの会社をしっかり見とけよと思いました。

 「美しい国へ」は私は読んでいませんが、この本の出版以降、政治家が選挙前などにこぞって本を出版して、一種のマニフェストのような慣例になってきたことを考えると、ほんの内容自体より出版したという事実の意味でこの本は価値がある気がします。

Madeleine Sophie さんのコメント...

経済書は特に内容の陳腐化がすごいですよね。専門家が長年の研究の結果導いた結論が2、3年で誤っていると分かることがあったりして、経済学の限界を見るようで興味深いです。政治の本も時代の流れによってすぐに陳腐化が起こる点では同じかも知れませんね。

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