2008年12月31日

一時帰国中の雑感「矢島美容室」 (1/2)


Kyoto, Japan
なんとなく悲観的なムードのほかに違和感を感じた一時帰国中の話題としてはお笑いの矢島美容室に関するものです。海外にいるとお笑いブームにはついていけなくなります。僕にとって矢島美容室はそうした影響をモロに受けたブームでした。つまり最初にテレビで彼らを見たときに何の予備知識もなく見ることになりました。時期的に、おそらく見た場面は彼らの最後のライブだったようです。


矢島美容室 - Wikipedia
2008年12月20日国立代々木第一体育館で最初で最後のライブを開催され、その場で解散(帰国)が撤回される。
まず、見たときは片言の日本語をしゃべるフィリピン人が出てきたと感じました。しかしよく見ると日本人が変装しているようにも見え、どっちなんだろうと不思議に思っていました。それと同時に日本人が変装していないことを願いました。日本人が片言の外人のマネをして、会場全体で笑いものにしている図が耐えられないと感じたからです。僕はフランスでは完全な片言外人です。毎日3時間2年間勉強してもフランス語ネイティブから見たら、変なフランス語であることは疑いありません。それをネイティブがマネをしてみんなで笑っていたらやりきれない気分になると思うのです。せめて外人自身が面白おかしくやっていることを期待しました。しかし実際は日本人が外人のマネをしていたのです。少しショックを受けました。フランスではありえない現在の日本では許されるユーモアであると感じます。

さらに、彼らは「ニホンノミカタ -ネバダカラキマシタ-」という歌を歌います(歌詞はこちら)。
ニホンノミカタ -ネバダカラキマシタ-
(歌詞) パスポートもちゃんとあります。少しなら、YENも持ててます。
VISA(滞在許可)とお金と、パスポートと片言外人をお笑いのネタにするのはフランスでは少し深刻すぎます。やはり日本だからできる笑いなのではないでしょうか。

なおこのエントリーは、帰国当初に感じた違和感をつづっただけのもので、矢島美容室を批判しているわけではありません。お笑いがこの手の批判に怖じ気づいて、面白いことができなくなるほうが世の中に対する悪影響が強いと感じます。特に悲観的ムードが流れていると感じる今の日本にはもっとも必要なものは面白いものであるかもしれません。お笑い芸人は自分が面白いと信じるものをやり続けてほしいと願います。

ただ、僕自身、2年間日本を離れていてもお笑いの面白さを理解できなかったのは初めての経験でした。たとえば「そんなの関係ねー」は遅れて触れましたがちゃんと笑うことができたと思います。矢島美容室はマーケティング的には大成功を収めているようです。また、下のページでは矢部美容室をテレビで見たときの感想として肯定的に述べられています。

第45回:「矢島美容室」に学ぶ、長寿ブランド“とんねるず”のPR手法: NBonline(日経ビジネス オンライン)
どうですか?共感丸出しでしょう。いまの日本を外から見たふりをして、勇気づけている。ほんとは、政治家がすることなのでしょうが、日本の政治家には到底 頼れないから、エンターテイナーがやってやる。そんな心意気が見えてきて、思わず拍手してしまいました。楽しませながら、今の日本って変じゃない?と言っ ているのです。
今は当初、自身が感じた違和感の原因を知りたいという気分になっています。一つ思いつく原因の候補としては、やはりお笑いということで曲自体が冗談になっているというものでしょう。歌詞の”政治家嘘をつきません”、”先生は生徒守ります”、”税金無駄には使わないです”などすべて冗談仕立てになっていると解釈し、片言の外人も含めて、曲全体を笑い飛ばすことを期待されているのでしょうか?

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6 comments:

サカタ さんのコメント...

 日本のバラエティーだけかもしれませんが、モノマネでは有名人やアーティストの人たちをおもしろおかしくまねするのが普通です。それは、見方によれば大変失礼なものや、半ば中傷するようなものもあります。おそらくコロッケというタレントから始まったのでしょう。
 それを本人が聞いても、面白いと言って認めてしまうのが今の日本のお笑いの世界だと思います。むしろ、今では拍車がかかって面白いというのが本人の許容範囲の広さを知らしめるステータスみたいになってる感じがあります。
 だから、日本人は外国人に対してもモノマネの範囲だと認識しているのではないでしょうか?
 しかし、それはソフィーさんの言うとおり外国人に対してかなり失礼だし、留学してがんばっている人に対しても大変失礼です。そんなバラエティーの言うことなんか気にしなくていいと思います。

 僕個人の意見では、日本はフランスと違って単一民族の国です。だから、外国人と付き合いのある人はかなり少数です。人は遠い存在の人のことは考えにくくできていると思います。だから、しょうがないところもあるかもしれませんね。

Madeleine Sophie さんのコメント...

確かに人をバカにするタイプのお笑いがありますよね。笑う方と笑われる方と見る方が、同じ意識を共有している場合には笑えて面白いのかもしれませんが、意識を共有していない相手はつらいかもしれませんね。今回は意識を共有していない人たちが多いかもしれないのが、引っかかった原因かも知れません。

今気づきましたが、日本人は海外で日本人が笑い者にされていても、それを面白く見れたりするのが度量が深いという意識があるかもしれませんね。エコノミックアニマルやウサギ小屋と言われても本気で怒っている人も見ませんでしたしね。何でも笑ってもいいと無邪気に思っているおおらかな人が多いのかもしれません。

日本人でも、さすがに海外でVISAなし、パスポートなしと言われれば笑えないと思うので、やっぱりやりすぎな気はしてしまいますね。

匿名 さんのコメント...

私は "とんねるず" のやり方は好きではないし、こういった、有名人がテレビ局と組んでくだらない歌を売り出す、というのも気に入りません。しかし、困惑されているようなのでいくつかの情報を提供しますね。

まず、"とんねるず" らが扮しているのは黒人女性で、彼らは 70 年代の黒人音楽が大好きなようです。彼らの行為は一部の在日外国人の方々を不快にさせたらしく、

 http://www.japanprobe.com/?p=6598

で人種差別的であるとの抗議活動も行われています。


日本人の中には、自分たちが海外で笑いものにされても寛大な態度で対応するべきだ、と考えている人も多いようですね。これは単に、世界的に見れば日本人も所詮はマイノリティーで、弱い立場にいるという自覚に欠いた人が多いからではないでしょうか。

Madeleine Sophie さんのコメント...

コメントありがとうございます。なるほど。不快に思っている人もいるわけですね。日本人は人種差別などには無自覚なんだと思います。せめて有名人には自覚的になってほしいものです。

矛盾していますが、エントリに書いたようにお笑い芸人が必要以上に萎縮してしまうのも問題だと思います。

匿名 さんのコメント...

こんにちは。
動画を見て卑劣だと思いました。

「批判している訳ではない」とのことですが、良くないと思うなら批判していてもいいと思います。批判する(/される)ことで社会が良くなるかもしれないので。

「面白いことができなくなるほうが世の中に対する悪影響が強い」とも書かれていますが、世の中の大多数を楽しませるために少数派(特に弱者)を馬鹿にするのは、やはり残酷ではないですか。

石橋さんは以前にも保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)やホモダンスを演じた人です。

住谷さん(レイザーラモンHG)が人気になった時、彼は「ゲイの人にも好かれて嬉しい」と言っていましたが、そのゲイの僕は彼の演技をTVで見て、とても悲しかったです。

Madeleine Sophieさんが、「いや、みんなが楽しんで悲観的ムードを払拭するためには、そんな人たちがどう感じようが仕方ない」と思うならそれまでですが、僕を悲観的にさせたのは、自分と違う人達を徹底的に笑い者にする日本社会でした。

ただでさえ閉鎖的な日本で、外国人として働く人々は弱い立場にあるのではないでしょうか。
彼らは自分たちが笑い物にされて文句を言いたくても言えないのしれません。

そういった人達をこんな風に笑いのネタにしないのは、必要以上の委縮ではなく、必要な配慮だと思います。

Madeleine Sophie さんのコメント...

ちょうど一年前の今日書いたエントリですね。久々に読み返してみました。お笑いに対する批判は難しい問題を含んでいるともいます。

お笑いへの批判が強くなってしまうと優等生的な言説や、PTA的な有害な物は絶対に許しませんという風潮になりそうだからです。有害を批判する正論の方が言う方の立場が高くなるために、批判が蔓延して身動きが取れなくなる恐れがあると思うのです。

理想を言えば、こういった芸を披露する芸人を観客が冷ややかに迎えるというのが正しい姿だと思います。一緒になって笑っているのは、やりきれないですね。

フランスの移民政策は成功しつつあるという認識の次にも日本が多様な価値観を受け入れる土壌があるのか書いていこうと思います。興味があればまたコメントください。

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