2008年9月25日

日本は天然資源を欠いている(Le Japon)


Paris, France
仏語本「Le Japon 固定観念」の「日本は天然資源を欠いている」という固定観念に関する章を読んでみました。

まず、日本は資源となるものが何もない国だとの固定観念がありますが、そうでもないと書かれています。
17世紀から18世紀にかけて、技術発展や領主の政治のおかげで、日本は銅と銀の世界最大の産出国の一つになった。第二次世界大戦の直後、同時代のフランスとほぼ同量の石炭を採掘していた。
Au cours des XVIIe et XVIIIe siècles, grâce aux progrès technologiques et aux politiques seigneuriales, le Japon est même devenu l'un des premiers producteurs mondial de cuivre et d'argent. Au lendemain de la Seconde Guerre mondiale, il extrayait autant de houille que la France à la même époque.(P.49)
銅や銀や石炭のほかに、水量や森林が豊富で、建築材料として木材が広く使われていることも紹介されていました。日本に資源がないと思われている主な理由は、以下の通りです。
石油や鉄の顕著な欠如を付け加える、この減少は主要な資源を欠いているという乱用された言説を促進した。
Ajoutée à des déficiences notables en pétrole ou en fer, cette régression a favorisé le discours abusif sur l'absence de matières premières. (P.50)
日本が何を産出して、どんな材料の恩恵を受けているかはすでに知っているために、あまり興味が湧かなかったのですが、この章の後半は日本の災害に対する考え方について解説されていました。他の章「日本はしょっちゅう自然災害を被っている」でも述べられていたところですが、興味深い指摘がありました。日本人がなぜ災害の多い住みにくい土地に住んでいるかという解釈についてです。
同様に、我々にはすこぶる明白だと思われる「自然リスク」の概念は、日本語では厳密に同じ意味を持っていない。ヨーロッパの言語の「リスク」という語は、危ない場面であるか、不本意であるか(リスクある場所で)、もしくは自発的(リスクを取る)であるかである。日本語の用語にはそのようなものはなく、自然災害の話題について最もよく使われる言葉は、『Saigai』で、これは正反対に、その語源とその表意法から、隠された神の意図によって起こされた災害という見解を運んでくる。
Ainsi, la notion de « risque naturel», qui nous paraît pourtant si évidente, n'a pas de strict équivalent en japonais. Le mot « risque» dans les langues européennes exprime l'idée de se trouver dans une situation dangereuse, soit involontairement (être dans une position risquée), soit volontairement (prendre des risques). Il n'y a rien de tel dans le terme japonais qui est le plus utilisé à propos des aléas naturels, celui de saigai, qui véhicule au contraire, dans son étymologie et son idéographie, l'idée de dégât causé par une intention divine cachée. (P.51)
ヨーロッパの言語では、自然リスクはリスクと捉えられるので、それを避けようと移住するか、もしくはそのリスクを取ってリターンを狙うかという思考になると書かれています。それに対して、日本人は災害(災いによって起こされる損害)というどうしようもないものとして深く考えないということのようです。災いというと、たしかにリスクと言うよりは神の隠された意志といった方がしっくり来るのかもしれません。その自然に対するその感情が単に諦めではないという点も説明されています。
この受容は宿命論によるものではなく、居住者の役割は自然の力と戦うことより、それらと調和して生活することであるという世界の理解によるものである。
Cette acceptation ne relève pas du fatalisme mais d'une compréhension du monde où le rôle des habitants n'est pas tant de combattre les forces de la nature que de vivre en harmonie avec elles. (P.51)
良く分かってる。と感じました。

日本はしょっちゅう自然災害を被っている」では、戦後の復興が「日本の奇跡」という言説を後押ししたと書かれていますが、ここでは資源の欠如と面積の小ささもその言説を促進したと書かれています。
1945年の敗戦のあと、資源が欠如していて、国土面積が小さいというレトリックは、「日本経済の奇跡」という命題を信用させるために、西洋の諸国と同様に日本でも再浮上している。
Après la défaire de 1945, la rhétorique sur le manque de ressources naturelles et la petitesse du territoire refait surface chez les Japonais comme chez les Occidentaux pour accréditer la thèse du « miracle économique japonais ». (P. 52)

3 comments:

Madeleine Sophie さんのコメント...

最後の文章で、「la rhétorique 〜 refait surface chez les Japonais comme chez les Occidentaux」を「レトリックは〜、日本の国土をヨーロッパ諸国のように作り替える。」と訳したのですが、適当であるか確信が持てません。日本語にすると少し不自然に見えてしまいます。分かる方はコメントいただければと思います。

匿名 さんのコメント...

refaire surface は「地位を取り戻す、再浮上する」といった程度の意味だそうです。したがって、この文章では、このレトリックが日本でも欧州でも再び人口に膾炙している、広まっている、力を持っている と解釈できそうです。間違ってたらすみません。

Madeleine Sophie さんのコメント...

なるほど。ありがとうございます!refaireの方で辞書を引いてもこの訳は出てなかったんですが、surfaceの方には「refaire surface =地位を取り戻す、再浮上する」と出てました。同じクラウン仏和辞書を使われているのかもしれませんね。日本語では少し違和感がありますが、再浮上しているを採用しようと思います。

「1945年の敗戦のあと、資源が欠如していて、国土面積が小さいというレトリックは、「日本経済の奇跡」という命題を信用させるために、西洋の諸国と同様に日本でも再浮上している。」

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