2008年9月18日

英語の浸食からの言語防衛に見る日本とフランス


Paris, France
インターネットの普及、グローバル化の進行によって、現在は世界中全ての情報が英語に集まります。理系の研究者では英語の読み書き、会話が出来ないと存在しないと同然に扱われることもあるでしょう。日常生活でも「メンタル面が弱い、もっとポジティブに」とか、「エラーの原因はハードウェアじゃなくてソフトウェアみたい」と言うようにあらゆるところに英語が入り込んでいます。日本では、外来語は少しかっこ良かったり、でもあまりカタカナ言葉を使いすぎると、気取ってると思われることがあったりするぐらいで、大して問題になりません。

しかしフランスでは、政府が英語の浸食からフランス語を守るための前線に立っています。例えば、公式フランス語でソフトウェアはLogiciel(ロジシエル)、ハードウェアはMatériel(マテリエル)です。「ウェブログ」のフランス語訳は「Bloc Notes(ブロック・ノト)」に決定したりとか、ソニーがウォークマンを発売した時に、「Balader=散歩する、ぶらつく」からBaladeur(バラドゥール)という官製語を決定したりしています。どちらにしろフランス人はどちらも知っていることが多いです。どちらを使うのかは人と言葉によると言う状態です。

[書評] フランスの外交力—自主独立の伝統と戦略」の「文化と言葉は、フランス外交にとって、目的であると同時に手段でもあるのである。とりわけ、フランス語は、歴史的に見てもフランス外交にとって重要な武器であった。(P.147)」にあるように、フランスのフランス語の防衛への努力は相当です。フランスの外交力にあるように、自国の言葉を守り、アフリカのフランス語圏を強化し、その他の国にはフランス語教育を受けられる体制を整えています。フランス人が日本語を勉強するとあまりの英語の多さに、日本人は英語による言語侵略に危機感を持たないのかと、ビックリします。言語侵略からの防衛に余念がないフランスと、危機感のない日本ですが、おそらく英語浸食がより進んでいないのは日本だと感じます。

特にフランスの理系研究者は、英語に抵抗がありません。例えば、フランスの権威ある研究組織が毎年出しているフランス語の研究報告書はまったく売れていないそうです。フランスの研究者は、フランス語で書かれている研究報告書は英語の論文の翻訳であり、最先端ではなく、英語で書かれた研究報告書の方がよりよく書けていると認識しているそうです。逆に日本の権威ある研究組織が毎年刊行する研究報告書は飛ぶように売れます。日本人の研究者は英語で書かれた500ページもある研究報告書を読むより、日本の権威ある組織の日本語の報告書を好みます。最先端の研究成果を知るにはフランス人研究者のように英語の報告書を読むことが最も適しているかもしれません。しかし、言語浸食からの観点ではフランスの方がより浸食が進んでしまっていると言えます。

また、理系の研究論文はほとんどが英語で書かれています。日本語やフランス語で書かれた論文は質が低いと見られています。しかし、非英語論文の軽視の程度もフランスではより進んでしまっています。フランス人研究者は英語で論文を書くことに抵抗がなく、どんどん英語の学会で論文を発表します。またそのためかフランス語のカンファレンス(会議)も少ないです。極端に言うとフランス語の論文には価値がないと思っています。

日本では、日本語のカンファレンスがたくさんあり、多くの研究者が研究を発表しています。英語で論文を書いた方が成果としては高く評価されますが、依然として日本語の論文の評価も存在します。僕自身、最近は英語の論文しか書かなくなりましたが、日本人研究者が母国語で研究の議論が出来る日本語のカンファレンスは日本にとっては必要不可欠だと思います。フランスで研究しているうちは難しいかもしれませんが、機会があればまた日本語の論文も書きたいと思うようになりました。そうすることで微々たるものですが、日本語のカンファレンスを振興でき、ひいては日本の技術立国を支えるかも知れないのです。

2 comments:

匿名 さんのコメント...

フランスでの国際学会について開催者に英語メールで問い合わせたところその返答に一ヶ月以上かかった上、それが非常に投げやりな感じのメールだったので、2回目のメールではフランス語を使いました。そしたらフランス語で書かれた礼儀正しいメールが1日で帰ってきました。笑ってしまいました。

Madeleine Sophie さんのコメント...

うーん。それも極端ですね...あり得ると思えるところが、怖いですが。僕もなるべくフランス人にはフランス語を使うようにしています。英語は読むのも面倒だと思っている人もいますからね。

コメントを投稿