2008年8月8日

日本は高度な技術の楽園である (Le Japon)


Versailles, France
仏語本「Le Japon 固定観念」の「日本は高度な技術の楽園である」という固定観念に関する章を読んでみました。

まずはじめに、「1945年の敗戦以後、日本は経済的な奇跡を実現した(Le Japon)」との関連で説明されています。「日本の『高度な技術の楽園』という固定概念は『日本の奇跡』の中に位置づけられる。二つは同語反復である:日本は高度技術の財産を製造する、よって日本は強力で、高度技術によって日本は経済的奇跡を実現した。(P.29)」

この章の展開は、まず19世紀の明治維新前後に、当時の日本を見たヨーロッパ人の言説が紹介され、現在の日本について考察します。De Charlevoix (1852)は、「技術は中国の借り物であるけれども、日本の機械技術は異常に完成されている。(P.30)」と書き残していて、Théodore Duret (1874)は「家から盆栽まで全てが小さい、お茶を飲むコップなどはホタテの貝殻のようだ。(p.30)」と書いています。

この二つの言説から今の日本が説明されます。本書いわく、
明治維新は技術的断絶ではなく、すでに存在していた傾向の増幅であった。本当の新しさは、元の技術的能力の永続性を覆い隠さないはずで、それらは当時発達した知識水準に組合わさった。
La restauration Meiji n'a pas une rupture technologique mais une amplification de tendances qui existaient déjà. Les réelles nouveauté ne doivent pas masquer la permanence de l'aptitude technique initiale, combinée avec un niveau général d'instruction déjà élevé pour l'époque. (P.31)
小型化(これは小さい家を持った住人に好まれる)と技術導入が日本の経済的成功の要因だと解説されていました。最後は、日本の成功の要因と弱点に付いて書かれていました。最後にちょこっとだけ、とげを入れておく辺りが、物事を多面的に見たがるフランス人ぽいと感じました。
この実践主義(世界の技術特許の新製品への導入に掛ける意志)が”純粋研究”において一定の後れをひき起こし、巨大な経済的利益をあげるのである。
Ce pragmatisme entraîne un certain retard dans la «recherche pure» mais se traduit par d'énormes gains économiques. (P.32)

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