2008年7月11日

[書評] 外国人とのコミュニケーション

外国人とのコミュニケーション (岩波新書)初版が25年前の外国人とのコミュニケーションについての本です。語学教育についての考察は25年前からいろいろと変わっていますが、それ以外はそれほど変わっていないと思いました。ただ外国人と一緒に仕事をし始めたとして、最初の半年以内に皆が気づくのではないかと思われるような事柄も多く含まれていました。個人的には、現在感じていることも多く、それほど役には立ちませんでした。例えば、コミュニケーションにおける言語以外の問題に対することです。
問題は、ただ行動が違うということである。ちがうから、外国人の行動を「我々」の立場から見ると、「我々」の社会や文化のルールに違反しているのである。(P.14)
著者が違反と呼ぶものは行動だけに限りません。ある言語を母国語とするひと達の会話のルールを破ることも含まれます。こういったことは、よく感じます。
パーティのような場面では、しゃべることそのものが目的だから、会話への非協力的な態度は、その場面の最も根本的なルールをおかしているのである。(P.44)

しかし、会話に協力しなかったり、あるいは期待されていない笑い方をしたりするのは、話し相手に不愉快な気持ちを持たせるだけでなく、相手を不安にさせ、外国語の文法能力の改善のさまたげにもなる。(P.82)
言語の初心者を脱した学習者は次の壁にぶつかると書かれています。これは、今の僕の状態と重なるために良く分かります。本書では日本語学習者を例に挙げて説明しています。
このように、日本語の学習の初期段階を通り抜けて、なんとか「変な外人」というラベルを逃れようとしている多くの外国人は、敬語の壁にぶつかり、外国人というラベルに戻されてしまうことがかなりある。(P.109)

鈴木隆夫のことばを借りると、「外国人が片言の日本語を使うと笑いころげて喜ぶくせに、達者な日本語を使いはじめると、今度は気味が悪いと言い出す」ような状態である。(P.111)
知識としては新しいことではなかったのですが、本書の解説では最終的にはこの段階は突破できるという楽観的な結論になっていて救われました。この段階も突破できると信じて、毎日少しずつの学習を続けていこうと思いました。
総じていえば、外国人への態度は、「ハネムーン」の第一期から、「拒絶」の第二期に変わり、そして最後に「受け入れ」の第三期に発展する道をたどるのである。(P.111)
外国人とのコミュニケーション (岩波新書)
J.V. ネウストプニー (著), Jir´i V´aclav Neustupn´y (原著)

1 外国人とは何か
さまざまな外国人
外国人はどう行動するか ほか
2 外国人としての日本人
日本人も外国人である
コミュニケーションは文法だけではない ほか
3 日本での外国人
「変な外人」
非言語的コミュニケーション ほか
4 語学教育と外国人
語学教育はどんな役割を果たしてきたか
文法・翻訳教授法 ほか
5 現代と外国人問題
人間社会の多様性
歴史が教えること ほか

母国を離れて暮す外国人は、日常どんな壁につき当り、悩んでいるだろうか。異質文化の中で経験するコミュニケーション上のつまずきは、ことばによるものば かりではない。英語圏で日本語を教えるチェコ生まれの言語学者が、今日のいわゆる外国人問題の根をさぐり、国際化時代のコミュニケーション教育はどうある べきかを考える。

2 comments:

ちびた さんのコメント...

>>達者な日本語を使いはじめると、今度は気味が悪いと言い出す

本当にその通りすぎて笑ってしまいました。


パーティーでの会話への非協力的な態度という例は理解できますが、もっといろいろとルール違反があるんでしょうね。

面白いです!

Madeleine Sophie さんのコメント...

お互いの言語的な間違いも面白いし、違う考え方もいろいろ面白いですよね。ルール違反の例はいろいろ挙げられていましたよ。自分も気をつけようと思ってしまいました。

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