2008年7月17日

1945年の敗戦以後、日本は経済的な奇跡を実現した(Le Japon)


Paris, France
仏語本「Le Japon 固定観念」の「1945年の敗戦以後、日本は経済的な奇跡を実現した」という第三の固定観念に関する章を読んでみました。この章の冒頭にはこの固定観念についてこうあります。
日本の"奇跡"、日本の"挑戦"、日本の"世紀":これらは日の出づる国によって二十年に及ぶ控えめで、しかし執拗な努力によって達成された比重を人々が突然意識するようになった、ショッキングなタイトルである。
Jean perrin, 『L'Inconnu japonais. Une grande puissance à la recherche de son rôle (不可思議な日本人. 役割の研究における巨大な力)』(1974)
以上のように、1974年当時に書かれた固定観念から始まっています。この辺りは、前に本ブログで述べた、「バブル期の日本の面影」と同じような話です。しかし以下は、日本の経済的奇跡は大きく誇張されているといえる理由が並べられています。1945-1960年、日本が西洋に追いつくのは困難であると分析されていました。
全体的に、経済発展は不当な大成功であると、日本の自称である”日本の奇跡”の存在を否定することを狙うものであった。
L'ensemble vis à démontrer l'existence d'un prétendu "miracle japonais" où le développement économique aurait triomphé d'une nature injuste. (P.26)
次々と日本の奇跡を否定する論法を取り上げた後、最後はこう結論されています。
だが少なくとも、それ(経済危機)は経済的奇跡の蜃気楼を暴いた。
Du moins met-elle à nu le mirage d'un prétendu miracle économique. (P.28)
かなり日本に否定的な内容ですが、日本が『超人的国家参照』でも無い以上、奇跡と名付けて思考停止するよりもその原因を探る方が建設的です。本書でも「さて、奇跡というのは、神(僥倖)を信じるのでなければ、それはない。Or, de miracle, à moins de corire en la Providence, il n'y en a pas. (p.27)」というように書かれています。日本の経済的奇跡を否定する論法は以下の通りです。番号付けは本エントリーで便宜上付けました。
1. 1949年に中国が毛沢東主義になると、アメリカの指導者達は実際に共産主義の脅威に対する代案として、日本の主要な妄想を促進した。
Une fois la Chine devenue maoïste en 1949, les dirigeants américains ont en effet pour principale obsession de promouvoir le Japon comme alternative à la menace communiste. (P.26)
2. 朝鮮戦争は交戦中のアメリカの後方前線基地として推進し、それは日本の経済に重要な活力剤を与えた。
Le conflit en Corée (1950-1953) le propulse comme base arrière immédiate du belligérant américain, ce qui donne un sérieux coup de fouet à son économie. (P.26)
3. 1945年以前の日本の極右の報復の精神は、最初に経済的、商業的な攻撃的性質に変化した。
L’esprit de revanche des ultras japonais d’avant 1945 s’est d’abord transformé en agressivité économique et commerciale. (p.27)
4. 彼らがゼロから(もしくはほとんどゼロから)はじめたと信じるが、また半分は特に中国など征服した国々からの莫大な戦利品を再利用した( 犠牲者は彼らに払われるべきものを主張することも出来ずに)。
…(略)…この戦利品は1955年にアメリカの支援で創設された自由民主党の財政として利用することが認められた。
Faire croire qu’il fallait repartir de zéro, ou presque, fut aussi un moyen pour recycler en douceur le fameux butin de guerre amassé dans les pays conquis, en Chine notamment, sans que les victimes puissent réclamer leur dû…. Ce butin de guerre a permis le financement du puissant parti Libéral-démocrate, créé en 1955 avec le soutien de Etats-Unis. (P.28)
12は妥当な論理といえるかも知れませんが、3では西欧が経済的に押され始めた理由として、フランスでは特にイメージの悪い極右ultras)を挙げて説明するところに悪意を感じます。上記の論法はこの本の著者が行っている訳ではなくて、1945-1960年ごろに行われた日本バッシングの例を挙げているので、当時実際に言われていたことなのだと思います。

4はさらにひどいです。悪意どころか間違いも混じっていますが、これも当時言われていたことなのでしょう。中国は日本への賠償金請求権を放棄したのは事実ですが、日本は在外資産による賠償を行っています。日本の戦争賠償と戦後補償 - Wikipediaに詳しく書かれています。在外資産を没収されても敗戦後に日本へ持って帰る戦利品が存在したのか、ましてやそれが経済的成功の原因になり得たということは、かなりの疑問です。こうした意識の違いは、植民地への補償についての日仏の事情の違いがあるんだと思います。フランスが旧植民地に対して、在外資産の放棄などを含めた補償を行っているかどうか調べたのですが、どうもそんなことはしていないようです。逆に植民地政策を肯定して、補償を受け取ろうとするぐらいの意識の違いがあります。
アルジェリアから帰国者はアルジェリアの補償を受ける権利は無い
132年間に及ぶフランスの植民地化においてアルジェリアの財産の収用と略奪、収奪だけでは飽き足らず、アルジェリア独立後44年経って、フランスはアルジェリアに”アルジェリアにおけるフランス植民地化が果たした肯定的役割”について補償を求めた。

«Les rapatriés d'Algérie n'ont droit à aucune réparation algérienne»
Non rassasiés des expropriations, spoliations et exploitations des biens des Algériens tout au long des 132 ans qu'a duré la colonisation française, ils demandent aux Algériens, 44 ans après leur indépendance, réparation pour «le rôle positif de la colonisation française en Algérie».
また、その戦利品が自由民主党の財政基盤に使われたというのも、疑問が大きいです。New York Timesの記事によると創設時にアメリカの支援があったことは事実ですが、侵略した国からの戦利品が利用されたということは書いてありませんでした。「CIAは50-60年代に日本の保守政党に多額を費やした(C.I.A. Spent Millions to Support Japanese Right in 50's and 60's - New York Times)」

エントリ冒頭の固定観念を少しでも薄めるために、日本が西洋に追いつくのは困難であると分析されていた時の論調が挙げられていました。妥当なものや不当なものもありましたが、冒頭の固定観念は日本人自身も少なからず持っているものなので、肯定するにも否定するにも読むに足るものでした。

0 comments:

コメントを投稿