2008年6月23日

[書評] 真剣

真剣 (光文社新書 348)
本ブログでは、フランス語の学習の仕方とかをいろいろ書いていますが、重要なのはやはり話し合う内容の方です。違う言語を習うことで、研究内容を議論したり、本を読んで話して違う考え方や文化を知っていくことが出来ます。それには、自分のなかに話す内容、つまり外国人が普段日本について不思議に思ったり、興味を持ったりしていることに対して、自分のなかに解答を持っておくことが必要です。その意味で日本文化について幅広く知っておくことが、非常に重要な意味を持ってくるのです。

本書では、外国人が良く興味を示す本物の日本刀を使った稽古についての本です。現在、ほとんどの居合いや剣術道場では実際に斬らないそうですが、著者の道場では門下生に真剣を持たせて稽古をするそうです。その理由として、剣の精神を学ぶためには、真剣でものを斬るという実際の体験が重要だからだそうです。
刀と刀のような物との違いを、言葉ではなく、まずは自分の身体の感覚で感じてもらう。つまり、「真剣」を持つということは、その違いが分かるということです。(p.8)
真剣でものを斬るときには、いろいろと雑念が生まれてしまうのが難しいそうです。ポジティブシンキングも良くないというように、書かれています。普段の生活でも、同じことがいえるかも知れません。普段からボジティブが良くて、ネガティブが悪いと考えられているので、ポジティブシンキングの弊害に気をつけることが無くなりがちです。
実際に真剣を持って価標の前に立ち、いざ斬ろうとすると、人間はなぜかいろいろなことを心に思い浮かべたがるようです。たとえば、うまく斬ってやろう、といったように。この辺はポジティブシンキングなのでそれでいいじゃないかと思われるかも知れません。では斬り損じたらどうなるのでしょうか?ポジティブシンキングは一気にネガティブシンキングに転じます。ですので、斬る瞬間にポジティブシンキングだからいいわけではありません。(P.168)
この真剣を使った剣の稽古を読者に少しでも感じてもらうのが本書の目的だったそうです。あとがきに一番現れていましたので、以下の文を転載しておきます。
この本を読んで、剣の道というものを少しは身近に感じていただけたでしょうか?二十一世紀のこの国で、真剣を腰にさし、道場に集まって稽古するなんて想像もできない世界だったかも知れませんが、この本を読むことによって、真剣をもって実践する剣の道のリアリティーを少しでも実感してもらえたなら幸いです。(P.245)
僕自身、真剣で実際にものを斬る機会がなかったため、剣の道のリアリティーを実感することは出来ません。この本を読んで、剣の稽古をする意義や、その難しさを少し理解できたかと思います。真剣をもう少し実感するには真剣が実際にものを斬っている映像を見ることが役に立つではないかと思います。真剣でものを斬る演技の映像を添付します。この書評も面白いです→404 Blog Not Found:剣はペンより強し - 書評 - 真剣



真剣 (光文社新書 348)
黒澤雄太 (著)

はじめに
第 一 章 剣の道
第 二 章 礼と黙想
第 三 章 心の眼----「目付」その一
第 四 章 剣禅一如----「目付」その二
第 五 章 一刀両断
第 六 章 すべてに活かす
おわりに

この時代に真剣を持ち、剣の道を志すとは、ただ単に剣の歴史や文化といった狭い範囲に止まることなく、すべての先人達が残してくれた大いなる遺産である日 本の歴史や文化に剣を持ってわけいり、自分自身の身体と心で丸ごと飲みこみ、咀嚼し、そしてそれを体現することだと僕は思っています。(本文より抜粋)
真剣----初めてそれを手にした時、老若男女を問わず、みな目を輝かせ、喜びにあふれた表情をするという。人の心の奥深くにある、最も原始的で純粋なところをぐっと掴んで放さない、「真剣」の魅力とは何か。試斬居合道の道場を主宰する著者が、その真髄を伝える。

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