2008年5月9日

読み書き重視の文化の日本


Paris, France
インターネットの登場、グローバル化の進行によって、現在は世界中全ての情報が英語に集まる時代です。当然インターネット上の情報は、大部分が英語ということになります。日本語は完全にマイノリティだと感じられるかも知れませんが、意外とそうでもないのです。何と世界で一番ブログが多い言語は日本語なのです。英語の現状を考えると非常に興味深い結果だと言えます。下のようにSifry's Alertsの調査によるとブログ投稿の37%は日本語だったそうです。
"Sifry's Alerts: The State of the Live Web, April 2007"

言語によるブログに関して、日本語は前回のレポートに続いて37%(33%から上昇)の投稿され、英語の36%(39%から減少)を押さえてトップを取った。加えてトップ10の言語に変動があった、イタリア語がスペイン語を抜いて4位になった。
一つの理由として英語のブログは論評などまとまった文章が多いのに対し、日本人はブログで日記を書く人が多いということが挙げられると思います。「○○ちゃんと××のレストランに行って夕食を食べた」とかそういった内容は日本語ではたくさんありますが、英語では少ないように見受けられます。見知らぬ誰かがどう感じたかという内容でも適切に検索されれば、他の誰かのために価値のある情報かもしれないので、日記を書く人は、新しい情報を生み出していると言えると思います。この情報量が世界で一番多い日本語は、インターネット上で情報を得やすい言語となることが出来るはずです。

以下のように日経ビジネス オンラインに、アメリカ人=弁論重視、日本人=執筆重視といった論評が載っていました。確かに大統領選の予備選を戦うオバマ氏やアップル社のスティーブ・ジョブズなどスピーチのうまい印象があって、アメリカでは弁論が重視されていると感じられます。
弁論勝負の米国人、沈黙の日本人:NBonline

知識人を目指す中国や日本の子弟は文章作成訓練により多くの時間を費やし、複雑な文字体系を駆使した文章文化を発展させた。一方で、西洋の子弟は別のプレゼン技術の訓練に時間を費やした。その結果生み出されたのが弁論文化である。演説やディベートの巧みさ、格調の高さに価値が置かれた。
さらに、この論評では弁論の重要性を説き、ブログで発散している「俺にも言わせろ」衝動を日本人も公論の場所で少し出してみると良いと結論されていました。
さて、弁論か文章かの表現形態こそ違え、旺盛、活発なブログへの書き込みに見られる通り、私たち日本人にも旺盛な「俺にも言わせろ」衝動があるのだか ら、公論の場でもっと自己の主張を解き放ってみたらどうだろうか。ブログもいいが、匿名性に守られた世界でネチネチ書き込み合っているだけでは、ちょっと 隠微だろう。
ブログでネチネチやってるより、オープンに議論した方が有益だと言うわけです。言わば、日本もアメリカを見習って、議論しましょうという至極真っ当な意見で全く反論の余地がありません。ただ、ブログの情報が無益だと言いかねない意見には賛同できません。僕の意見は、アメリカの弁論を見習うのも良いけど、日本人が世界で一番投稿していると結果が出ているブログなどの執筆をもっと活発にした方が有益だと感じます。

弁論はそのスペースを共有している人達に伝達されるのに対し、インターネット情報は時間と地理を超え、さらに保存可能、検索可能となります。また、議論することも不可能ではありません。インターネット上の文字によるコミュニケーションは弁論にはない利点が多くあります。日本人は執筆し、文字を読むことが大好きなのであれば、それを伸ばしてコミュニケーションの利益を追求すべきです。

関連:
漂書 | JUGEM IT! from 弁論勝負の米国人、沈黙の日本人:NBonline(日経ビジネス オンライン)

1 comments:

匿名 さんのコメント...

「日本人は執筆し、文字を読むことが大好きなのであれば」

日本の英語教育が、オーラルより比較的読み書きに重きをおいている点も、なにか関係があるのかもしれませんね。
まあ日本語の特殊な発音が、英語(むしろほとんどの外国語)の発音の妨げになっていることに加え、主な理由は日本人が人生であまり英語を話す機会・必要がないことでしょうか。

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