2008年5月5日

[書評] 福沢諭吉の真実

福沢諭吉の真実 (文春新書)
タイトルに「真実」と書いてある本は、既存の議論の多い話題を根底から見直す内容のものが多いです。僕が読んだ他の本では、「大東亜会議の真実 アジアの解放と独立を目指して」がそれに当たりました。この本は現在僕の手元にないので書評は省きますが、その時受けた衝撃は忘れません。どちらの本にも共通する「真実」と言うのは、そもそも物事の真の姿である訳なので人間は真実に近づくことは出来ても、決して到達できない(理解できない)領域です。反対に「事実」と言うのは人が各々に到達できる姿です。真実は世界に一つだけ存在し、事実は個々の人に存在します。言い換えると、真実の一側面を誰かが捉えて解釈したものが事実といえます。

これは、例えると、富士山の写真は、赤富士、青富士、雪富士、雲がかかった富士山など様々に一側面が撮れますが、富士山の本当の姿は誰も理解できないというのに似ています。各人は各々に事実(写真)を確認できるけど、真実(本当の姿)は理解できないのです。真実に近づくにはどうすれば良いかというと、なるべく様々な事実(様々な角度からの写真)を手に取って、真実(真の姿)について考察することです。この本は、福沢諭吉についての議論を根底から見直す意義深いもので、衝撃を受けました。「真実」の新たな一側面を捉えたといえるでしょう。

福沢諭吉を正しく捉えたいという要求は、非常に大きなものです。なぜなら、福沢は現在の日本の繁栄と、日本の路線を規定した近代最も大きな思想家だからです。明治維新から150年間で最大の思想家であるだけではなく、日本の歴史の大きな転換点トップ5には確実に入る転換期の決断を成功に導いた人物のうちの一人です。西暦600年ぐらいに中国の皇帝の他に、「日の出づる国の天使」=天皇を規定し、日本を文化的に独立させた聖徳太子に続くほどの重要さです。聖徳太子の決断が19世紀後半に、福沢の主張するように日本に取り入れる文明を選択変更可能にしたとも言えます。

ところが、どの社説が福沢の本心なのかを推定するのは、本書で主題となる時事新報は無記名で記載されているものが多くて、難しい状態です。本書は社説に書かれた福沢の本心を探るミステリーのような本で、次々と明らかになる「真実」はスリリングですらあります。本心の推定をさらに困難とするのは、石河幹明という時事新報を引き継いだ人が、戦争の熱気を利用して福沢諭吉の名をもっと高めようと努力していたのです。本書では、以下のように書かれています。
伝記と全集の編纂が成し遂げられたことによって、「福沢ルネッサンス」とでもいうべき、思想運動が生じたのは事実である。ただしその運動は、それまで知られていなかったアジアへの勢力拡大を声高に主張する国権皇張論者としての福沢を、戦時局にあって役立てようとするものであった。(P. 184)
到達し得ない「真実」に近づくために、物事は多面的に見たいと思います。また、そうすることがいかに楽しいことなのか教えてくれる本でした。福沢の醍醐味は、幕府やそれまでの常識を覆すという革新の精神です。福沢の手法や、考え方は現代の我々にも役に立つことばかりですが、彼の出した結論は乗り越えるべきものです。それこそが彼のやり方なのですから。本書で書かれていた、時事新報が廃刊に際しての一記者の洞察は気づかされるものがありました。
福沢翁の精神の一つは、旧形式の破壊であった。実利本位に、古い形式を破壊することであった。所が、福沢翁を尊敬するあまり、福沢翁のやり方が、同社に於いては、一つの形式になっていた。そして、その形式を頑として尊重するのであった。福沢翁の本当の精神は古い形式の破壊であったから、たとえ福沢翁のやり方でも時勢に連れて、どんどん破壊して行くことこそ、福沢翁の本当の精神ではないかと自分は思っておった。福沢翁の本当の精神を掴むことが出来なかったことなども、同社の衰運を招いた原因の一つではなかったかと思う。(P. 191)
最後に、情報として僕自身が慶応義塾の卒業生であることも付け加えておきます。
福沢諭吉の真実 (文春新書)
平山 洋 (著)

第1章 『時事新報』の「我輩」たち
   日本近代最大の文章家・福沢諭吉と『時事新報』の創刊
   福沢の甥・中上川彦次郎と後年の外交官・波多野承五郎 ほか
第2章 『福沢全集』はいかに編纂されたか
   一八九八年・福沢編纂の明治版『福沢全集』
   一九二五年・石河編纂の大正版『福沢全集』 ほか
第3章 検証・石河幹明は誠実な仕事をしたのか
   全ては『福沢諭吉伝』の執筆依頼を受けた時に始まった
   大正版『全集』と『福沢諭吉伝』の関係 ほか
第4章 一九三二年の福沢諭吉
   『福沢諭吉伝』が描く福沢像
   『福沢諭吉伝』が描かない福沢像 ほか
第5章 何が「脱亜論」を有名にしたのか
   一八八五年・『時事新報』紙上に掲載される
   一九三三年・『続福沢全集』に収録される ほか

日本の文明開化を先導した偉大な思想家福沢諭吉は、アジアを蔑視し中国大陸への侵略を肯定する文章をたくさん残している。それを理由に福沢を全否定しようとする動きも絶えない。確かに現在も刊行されている福沢の全集にはその種の文章が多数収録されている。しかし、それを書いたのは本当に福沢本人なのか。もし、誰かが福沢の作品ではないものを福沢の真筆と偽って全集にもぐりこませていたとしたら…。この巧妙な思想犯罪の犯人は一体誰なのか。

5 comments:

平山 洋 さんのコメント...

『福沢諭吉の真実』の作者です。拙著をお取り上げくださり、ありがとうございます。刊行されて4年にもなるのに、まだ書評が出るとは驚きです。つい先ごろ新著『福澤諭吉』(ミネルヴァ書房)が出ました。よろしかったらご一読ください。

フランス生活観察人 さんのコメント...

Madeleine Sophie さん

私も必要があって一月ほど前に”la vie du vieux Fukuzawa racontee par lui-meme” 訳者Marie Francoise Tellier(出版:Albin Michel ),邦題:福翁自伝(羅列の順序が逆ですね!)を読んだのですよ。
ただ、期日に間に合わないので、諭吉が初めて咸臨丸でアメリカに行ったところの話と初めてヨーロッパに行ったときの話だけ読んだのですが。
開国してからオランダ語より英語が世界に通用していると知ってもそこで挫けず、必死に英語の先生、辞書を探しだして、オランダ語を学んだときと同じくらい苦労することも覚悟して英語に取り組んだところ、応用が効くとわかってほっとしたところで、つくづく英語がフランス語でなくてよったねーなんて思いました。
初のヨーロッパ訪問でフランスに来たときはルーブル・ホテルに泊まったのですね。ルーブル美術館とコメディーフランセーズの間にあるあのホテルが読後、貴重なものに見えてきました。
表紙の福沢諭吉の若き日の写真が凛々しく、咸臨丸で無謀な太平洋横断にも躊躇もせず、無限の好奇心と知識欲で臨んだ姿が彷彿とされます。そのうちしっかり全文を読もうと思ってます。

Madeleine Sophie さんのコメント...

平山洋さん、本屋で軽い気持ちで手に取ってみたのですが、読んでその詳しい内容に驚きました。膨大なデータに目を通すだけでもものすごいお仕事だったと思います。お仕事を非常に丁寧にまとめてくださったことに感謝します。
新書はフランスは簡単に手に入らないかと思いますが、ぜひ目を通したいと思います。

Madeleine Sophie さんのコメント...

フランス生活観察人さん、福翁自伝ってフランス語訳があったんですね。どんな人が読むのかちょっと興味があります。
福翁自伝はもうだいぶ前ですが、僕も日本語で読みましたよ。オランダ語から英語に転換するときの決断は見習いたいところですよね。僕もフランスに来た後からフランス語を勉強し始めたんですが、福翁自伝に影響されてる部分も会ったかも知れません。やらなければいけないことはたとえかなり大変そうでもチャレンジしていこうと思えました。

Madeleine Sophie さんのコメント...

公式サイトへのリンクありがとうございました。
『福沢諭吉の真実』について:書評

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